窓の外、
雨。
胸はずませて出かけた日も在つた。
どうしても帰りたくない日もあつた。
どうしても帰れなかつた。
あなたの瞳を確かめるまでもない、
公園のある駅のベンチで、電車が何度停まつても乗れなかつた。
休日は一日中ベツドの上、
何するわけでもない、
二人寄り添ひ、
うつとりするだけ、
凡ての会話が戯言になる。
其れは其れはしあはせな…
だけぢやない。
僕等は秘めたる虚しさの真つ只中だつた。
此のしあはせが何時まで続くのか…
小さな小さな不安がたまらなかつた。
必死になり不安をかき消す為、寄り添ふ他にない。
あなたが何度微笑んでくれてもかき消せない虚しさ。
あなたの微笑みすら悲劇だつた。
あなたの微笑みが此れで最後だよと言つてゐる。
其々の中に触れられぬ虚しさがあつた。
それでも其の虚しさはひと時の茶番に過ぎない。
そんな不安や虚しさなど、作り上げた幻だからだ。
ありもしない不安や虚しさなど必死に持つなんて馬鹿げた茶番だ。
僕は虚しさを隠すしかなかつたし、
あなたは神様に祈つたのだと言ふ。
実際には穏やかな、誰にも邪魔される事のない単なる休日。
一体何故そんなに不安になる必要があるのだらう。
何度も何度も見つめ合ふ必要もないし、
飽きる程うつとりする必要もない、
二人並んで側にゐるのに、
何処にもゆかなければ何も起こらない…
二人何も変はらないのに…
二人の心が急変する事など何一つないのに…
目の前が暗くなる。
あなたに出会ふ前、
僕は女性を狡猾に口説くのが好きだつた。
ほんの少しの遊び相手だ、それと知りながら…
態度を確かめながら、賢く振舞ふだけだ。
手当たり次第と言へばさう。
孤独なふりも、陽気に振舞ふのもとても得意。
でも、それと知りながらだ…ほんの少しだけだ。
大した傷も負はないし、負はせない。
誰もが分かるとは思ふが、口説ひてものにした相手だ。
ずるがしこくものにした相手だ。
其れがどんなに不自然な相手かは容易に理解出来るだらう。
何しろ僕自身が不自然な事(努力)をしてゐるのだ。
不自然な事、其れは物語だ、言葉、上辺だけの、陶酔、欠落、幻想、夢…
僕はずる賢い奴だつた。
更に今は狡猾になつた、
文章(嘘)を記す時は更に更に狡猾なのだ。
狡猾さを知る為に文章を記す。
狡猾さ、ケチ、愚図、嫉妬、虚しさを畏れる者、
其処から目をそむける者は作文が不得手となる。
本物の作家にはなれまい。
そして本物の作家が小説を記すといふ事はない。
一瞬で終はつてしまふからだ…
何度終はらせても構はない…
何度でも、何時でも始められる。
何度となく愛せるし、何度となく何時でも抱ける。
何時でも虚しくなれるし、何時でも狡猾になれる。
もはや必死になる事はない。
ただ、空つぽの世界。
終はらせたくない愚図は必死にしがみつき、
口実がないと何も始める事は出来ない。
決着や区別をつけたがる。
空つぽになれない者、
さういふ者が物語をつむぐ、夢をみる。
帰つてこれない、融通も利かない。
つじつまを合はせる。
ガチガチに、潔癖に、理論家、神経症、エゴ。
開き直り、意地になり、押し黙る、泣き出す。
悪い事ではない、面倒なだけ。
恐らく気づく勇気もない。
そして気づく為にも、また口実(物語)を捜し求めるだらう。
雨(悲劇)は止まない。
更に強くなる。
僕は早々にベツドから出てゆくのだつた。
傘を差して、
からつぽの元気。
実はけふは晴れ♪
満天の。