こんにちは(^^)






前々回のアメノミナカヌシのお話で、


アメノミナカヌシ(天之御中主神・天御中主尊)・

タカミムスビ(高御産巣日神・高皇産霊尊)・

カミムスビ(神産巣日神・神皇産霊尊)


…の三柱の神は


『古事記』では「造化三神」という

世界のはじまりの原初神である。

というお話をしました。



アメノミナカヌシ

一番最初に生まれた

天の中心の北極星のような扱いでしたね、



タカミムスビノカミのお話をする前に、



「造化三神」が『古事記』『日本書紀』で、

どのように書かれているかを調べてみたので書いておこうと思います。




*・゜゚・*:.。..。.:*・'*:.。. .。.:*・゜゚・*




アメノミナカヌシの回でも書きましたが、

タカミムスビ

カミムスビ

平安時代の宮中で最も格上の神として祀られていました。



たぶん当時は宮中だけにいる神様なので、

一般的には信仰されていませんでした。


だから

全国的にみると祀られている神社の数が少ないのです。


天皇家の一族だけが祀る神、

ということですかね。




『古事記』の冒頭で

天と地が初めてわかれたときに出現した

アメノミナカヌシ

最高神のような存在で、


次に出現した

タカミムスビカミムスビ

「ムスビ(産巣日)」という名前から、

創造神(生み出す神)であるといわれています。



「...この三柱の神は独神(ひとりがみ)であり身を隠した。」


とあるように、三柱の神は出現してすぐに姿を消しています。




世界的な神話のセオリーでは、

創造神は、世界をつくることが仕事です。

その後は何もしません。

「暇な神」と言われたりします。


『古事記』の神が「身を隠した」とあるのもそれと同じですね。



「独神(ひとりがみ)」というのは、

性別がないということです。

配偶神無しで子神を生むことができます。





今度は『日本書紀』をみてみましょう。

ざっくりと抜き出しますね。



「混沌から天地がわかれ、

その中から萌え出る葦の芽のようなものがあらわれ神となった。


クニノトコタチノミコト(国常立尊)と申す。

次にクニノサツチノミコト(国狭槌尊)

次にトヨクムヌノミコト(豊斟渟尊)。」


と、あります。




注釈があったのでご紹介しますね。


クニノトコタチノミコト(国常立尊)

→国土の恒久なる存立の表象。


クニノサツチノミコト(国狭槌尊)

→国の初期の土の意、若々しい土地の表象。


トヨクムヌノミコト(豊斟渟尊)

→豊かに汲む水のある沼の表象。



どうやら豊かな土地を表しているようです。



葦の芽。画像はお借りしています。




このように、

『古事記』とは違う印象の造化三神の神様です。


本の注釈によりますと、


『古事記』は「高天原三神」を初出、

『日本書紀』は「国土三神」を初出とする。」


とかいてありました。



(・・?)


 

「国土三神」って、初めて聞いたのですが??

独学なので全く存じ上げなかったですよ。




とりあえず、

日本の正史とされている『日本書紀』では、


クニノトコタチノミコト(国常立尊)

クニノサツチノミコト(国狭槌尊)

トヨクムヌノミコト(豊斟渟尊)の、


「国土三神」←覚えたので使ってみた( ̄∇ ̄)

原初神とされていることがわかりました。





更に


『日本書紀』には「一書」があるのですよ。


「一書」は「一書に伝えていう」と訳してあります。


「他にこんな説もありましたよ」

といった別の説が続けて書いてあるのです。

本文と似ていたり、違っていたりもします。


7世紀末の人間(天武天皇)が、当時の全国の神話を集めたのですから、色々な氏族の話があったのでしょうねー。


氏族によって神様が違うだろうし、

同じ話でも伝わるうちに違う話に変わったりとか。

採用されなかった話もたくさんあったことでしょう(T-T)



で、その「一書」が複数あったりするので、

現代訳の方には「一書第一」「一書第二」、、と

書いて区別をしています。



ですから

『日本書紀』は読みづらいのです。






反対に『古事記』は時々破綻しているけど

ストーリーが繋がっていてわかりやすいので、


現代語訳がたくさんあるのもわかります。

読み物としては良いですよ。


でも、そういうのだけを読んでいたら、


「原初の神は、

アメノミナカヌシ

タカミムスビ

カミムスビね。

了解、理解した!」( ̄^ ̄)ゞ


と、こちらの三神だけが主流だったような

印象になりそう。


私はそうでしたよ(˘・з・˘)


原初の神は高天原三神!(๑・̑◡・̑๑)

と、考えた方がスッキリとして覚えやすいな、、って。




言い訳もしたいのですがヽ( ̄д ̄;)ノ


『日本書紀』記されている

原初神の種類が多すぎるのですよ。


「別神なのか、同じ神の別名なのか、

わからないけど記録しておきますね!」

って感じに長々と書き連ねている。


もう嫌がらせでしょ( *`ω´)


とっても共感して欲しい( ̄∇ ̄)


、、なので面倒だけど頑張って

 



『日本書紀』

原初神の名前を全部並べます!


目で追うだけで良いので

見てみて欲しい。


もう覚えきれないって、わかって欲しい。(必死)


ちなみに、

一書は第六までありますよ。


それではどうぞー(╹◡╹)




『日本書紀』第一段


・本文


国常立尊(クニノトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニノサツチノミコト)

豊斟渟尊(トヨクムヌノミコト)


いわゆる国土三神ねd( ̄  ̄)



・一書第一


国常立尊(クニノトコタチノミコト)

又は国底立尊(クニノソコタチノミコト)と曰す。


国狭槌尊(クニノサツチノミコト)

又は国狭立尊(クニノサタチノミコト)と曰す。


豊国主尊(トヨクニヌシノミコト)

又は豊組野尊(トヨクムノノミコト)

又は豊香節野尊(トヨカブノノミコト)

又は浮経野豊買尊(ウカブノノトヨカフノミコト)

又は豊国野尊(トヨクニノノミコト)

又は豊齧野尊(トヨカブノノミコト)

又は葉木国野尊(ハコクニノノミコト)

又は見野尊(ミノノミコト)


トヨクムヌの派生っぽいのがやけに多い。


「違う名前がたくさんあるけど結局は国土三神のことだよ」

って言いたい感じなのかな。


・一書第二


可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカヒコヂノミコト)

国常立尊(クニトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニサツチノミコト)


ウマシアシカヒコヂは、

『古事記』では4番目に出現する神です。


→立派な葦の芽の意、春先に萌え出る葦の芽の生命力の表象。「彦舅」はどちらも男性を表す字なので陽性の神であることを表す。


『古事記』では4番目だけど、ここでは1番目。

クニノトコタチノミコト

クニノサツチノミコトが続いています。




・一書第三


可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカヒコヂノミコト)

国底立尊(クニソコタチノミコト)


ウマシアシカヒコヂここでも1番目。

クニソコタチノミコトは一書第一でクニトコタチノミコトと同一であるように書いてあります。



・一書第四


国常立尊(クニノトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニサツチノミコト)


又は


天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)

高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)

神皇産霊尊(カミムスヒノミコト)



ここで、

天皇家のイチオシの「高天原三神」が出てきます。


本文ではなくて「一書」の中の一つである上に

クニノトコタチ

クニノサツチ

と並べて書いています。


イチオシにしては謙虚なポジションですね。



・一書第五


国常立尊(クニノトコタチノミコト)


さっくり終わる。



・一書第六


天常立尊(あまのとこたちのみこと)

可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカヒコヂノミコト)

国常立尊(クニノトコタチノミコト)


アマノトコタチ

→葦の芽が勢いよく伸びて空中にあるように、空の中に生まれた神。

『古事記』では5番目に登場する神です。


ウマシアシカヒコヂ

クニノトコタチ

が続きます。



ね、

出てくる神様の順番が統一していなくて

覚えにくいでしょ( ̄▽ ̄)




、、、


Σ(-᷅_-᷄๑)


気付いてしまった!!




何故に、

高天原三神をメインに考えたくなっていたのか!


順番のせいだった!



覚えるために無意識に順番をつけていた、、。



でも『日本書紀』だと出てくる順番がバラついているから、

『古事記』の方の順番で覚えた。




『古事記』の出現順で並べてみますよ。


1、アメノミナカヌシ

2、タカミムスビ

3、カミムスビ

4、ウマシアシカビヒコヂ

5、アメノトコタチ

6、クニノトコタチ

7、トヨクモノ

.......クニノサツチはイザナギとイザナミの孫世代になっており、『日本書紀』クニノサツチとは同一とは言えないともいわれている。



『古事記』では


アメノミナカヌシ

タカミムスビ

カミムスビ

は造化三神。


更に

アメノミナカヌシ

タカミムスビ

カミムスビ

ウマシアシカビヒコヂ

アメノトコタチ

を「別天津神(ことあまつかみ)五柱」として

特別に扱って書いている。


「国土三神」はその後に書かれ、

しかもクニノサツチは原初神として書かれていない。




そのせいか、ランク付のつもりは無かったけど、

「高天原三神」がメインな感じで考えてしまっていた。



しかもね、


『日本書紀』の書き方にも、

そのように誘導させる書き方があった。



本文と一書第一とで


国常立尊(クニノトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニノサツチノミコト)

豊斟渟尊(トヨクムヌノミコト)


の国土三神を造化三神としているけど、



一書第二と一書第三では


可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカヒコヂノミコト)

クニノトコタチ

クニノサツチの上に置いています。



一書第六では


天常立尊(あまのとこたちのみこと)

可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカヒコヂノミコト)

クニノトコタチの上に置いています。



そして一書第四では


国常立尊(クニノトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニノサツチノミコト)


又は


天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)

高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)

神皇産霊尊(カミムスヒノミコト)



「又は」なので、


「高天原三神」は

「国土三神」と並んではいるが、


下には置かれていない。



それなのに、


「国土三神」は他の「一書」で

「国土三神」以外の神と一緒に書かれ、

その時は後ろに(下に)書かれている。


一書第六で

天常立尊(あまのとこたちのみこと)

可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカヒコヂノミコト)は、


「国土三神」の上に書かれるが、

このときはアマノトコタチが1番に出現している。


でもウマシアシカヒコヂは二回(一書第二と一書第三)1番に出現している。


そのあたりが、『古事記』の出現の順番と微妙にリンクしている。


(ウマシアシカヒコヂは4番目、

アマノトコタチは5番目。

私的には逆の方が矛盾が無いように思う。)





最後に


『古事記』『日本書紀』

両方合わせてみると、


天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)

高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)

神皇産霊尊(カミムスヒノミコト)


だけが、

一度も下に書かれていないことになる。




怖、、、。

謙虚なのかと思ったら全然違っていた。

むしろ「国土三神」を下に扱っていた。



正史である『日本書紀』の本文では


国常立尊(クニノトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニノサツチノミコト)

豊斟渟尊(トヨクムヌノミコト)


を原初神として

筆頭に上げながら



その実、


天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)

高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)

神皇産霊尊(カミムスヒノミコト)


を真の造化三神として

上げていたということがわかりましたよ、、、。



そして、

私も刷り込まれていたのね((((;゚Д゚)))))))





、、ここで、確認しておきたいのが、


この事実が良いとか悪いとかは考えないことが大事、

ということですかね。


当時の政治の都合でこうなったのですよ。


どちらが正しいか、

とか考えはじめると目が曇ってしまいますからね。

事実だけを淡々とみていきたいものです。



『日本書紀』『古事記』の編纂を命じた天武天皇も、672年の壬申の乱で政権を得ているので盤石ではなかっただろうし、

その前の、663年の白村江の戦いの敗戦で国際情勢も厳しかったりもしていますよね。


天皇家を中心に国内を固めたかったけど、他の有力な氏族との力関係も難しかったであろう、

などという説もあります。


当時の東アジアはどんな感じだったのですかね?

見てみたいですね。



とはいえ、


天皇家や藤原家は自分達がトップになるために酷いことをしたのだろうなぁ、と想像してムカついたりもします。



フラットに見よう。というのは、

自分自身への戒めなのですよー。

頑張ってます。







そんなわけでまとめると、



「造化三神」には



国常立尊(クニノトコタチノミコト)

国狭槌尊(クニノサツチノミコト)

豊斟渟尊(トヨクムヌノミコト)


の「国土三神」と、



天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)

高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)

神皇産霊尊(カミムスヒノミコト)


の「高天原三神」がいらっしゃいました。



そしてたぶん、


「国土三神」は日本で古くから影響力のあった民族の神で、


「高天原三神」は天皇家の神である。



天皇家と藤原氏(日本書紀と古事記の編纂の中心)は、

「高天原三神」の権威を高くしたかった。




というお話でした。






お付き合いいただきありがとうございます(^^)