西東三鬼は
昭和中期の俳人

太平洋戦争の前後に
活躍した俳人です

新興俳句運動に参加
俳句弾圧事件で検挙
戦後、現代俳句協会を創立
山口誓子らとともに「天狼」創刊
俳誌「断崖」創刊主宰
昭和37年没  享年61


水枕ガバリと寒い海がある
三鬼

三鬼の俳句は
なんとも言えない迫力で
胸にせまってきます

俳句はそもそも
俳諧として
室町時代頃に
世の中をおもしろおかしく
詠むことからはじまったものです


手をついて歌申しあぐる蛙かな
宗鑑

などがそれですが
三鬼の句からは
そうした遊び心や余裕
明るさや幸福感などは
感じられません

まったく対極の句の世界が
そこにひろがっています

その独特の暗さやかげりは
三鬼の多くの句に見られる
特徴の一つです


三鬼をはじめ
太平洋戦争とその前後を生きた
多くの俳人たちが
時代の雰囲気や
目の前の現実を直視したとき
遊び心のある明るい俳句を
詠むことなど
叶わなかったのかもしれません

当時がつよい緊張を強いられる
時代だったことが
三鬼の句の背後からも
伝わってきます

俳句をつくるのは俳人ですが
俳人をつくるのは時代なのだと
あらためて感じました


三鬼は
戦前・戦後の時代を
生き抜き、詠み抜いて

俳句の世界に大きな功績を
のこした俳人の一人です



西東三鬼の俳句

花冷えの城の石崖手で叩く

野遊びの皆伏し彼ら兵たりき

恐るべき君らの乳房夏来る

算術の少年しのび泣けり夏

緑陰に三人の老婆わらへりき

まくなぎの阿鼻叫喚をふりかぶる

昇降機しずかに雷の夜を昇る

穀象の群を天より見るごとく

暗く暑く大群衆と花火待つ

露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す

倒れたる案山子の顔の上に天

秋の暮大魚の骨を海が引く

中年や遠く稔れる夜の桃

枯蓮のうごく時きてみなうごく

中年や独語おどろく冬の坂

冬の坂転びて諸手つく悲しさ

赤き火事哄笑せしが今日黒し

冬浜に老婆ちぢまりゆきて消ゆ

寒燈の一つ一つよ国敗れ

国飢えたりわれも立ち見る冬の虹

真夜中の枯野つらぬく貨車一本

寒夜明け赤い造花が又も在る

満天に不幸きらめく降誕祭

限りなく降る雪何をもたらすや




いつも
ご覧いただいたき
ありがとうございます


*個人的な捉え方や見解もまじえてまとめた記事です

*俳句の先人については、人によって様々な捉え方や見解があります

◇引用 作品収録句集

西東三鬼  『西東三鬼全句集』
(沖積舎、2013年)