大学4年生になれば、一般的には就職活動ですね!
しかし、音楽大学の「就職」といえばオーケストラ等の「オーディション」を受けて合格するしかありません。
オーディションは一つの枠を世界中から集まる演奏者で競い合います。
これがなかなか難しいんです!!
そういった理由からかアメリカでは大学院に大体の生徒が進学します。
私は正直、音楽の勉強以外が全く興味なくこれ以上勉強したいと全く思いませんでした。
特に、ボストン音楽院は指揮学部が無く、近隣の学校も当時はほとんど無いため、本格的に勉強するならニューヨークしか選択肢がありませんでした。
しかし、当時アマチュアのオーケストラのアシスタントをしながら日本人の合唱団を指揮したり、近隣の学校の合唱等指導したりと、色々な機会に恵まれ、ニューヨークに行く事を色々な人たちに反対されました。
大学4年生のときには、ヘンデルの「メサイア」という曲を室内楽団を編成してコンサートをするなど、ドンドン我が道を突き進んできました。
その流れで、ボストン音楽院の音楽監督のオフィスへ行き(後の恩師)「指揮者になりたいからどうにかしてください」と右も左も分からなかったのに指揮者になりたい!という思いだけが強く、先生にどうにもならないお願いをしに行ったのは、今では笑い話です。
先生に当時言われたのは、「沢山勉強して沢山経験を積む事が指揮者への近道」だと。
当時の私は、当たり前じゃないか!
と思っていましたが、今考えればこの言葉の意味は深いと思います。
それは、指揮者は譜面を理解してオーケストラをまとめるのが任務ですが、表面上だけでなく作曲者の意図や背景から指揮者としての自分の意見を持ち、それを音楽にオーケストラと共に表現していく事が重要です。
当時の私の指揮者、うすっぺらかった事でしょう。。。。
そんな中、指揮者で一番大事なのは「経験」と思い、その「経験」が多いこの街、ボストンに今後の事など全く考える事無く滞在する事を決意した卒業の年でした。