大学生活スタートです!
私の学校は当時外国人が半分以上いて、英語がままならない生徒も結構いたので、笑っていればどうにかなる感じでした。
音楽大学はなんといっても実力勝負です。
全学年、大学院を含み全員でオーディションを受けます。
ここで今年一年間の自分の学校からの見られ方がきまります。
奨学金が増えるかという事も大事なのですが、すべてのオーケストラにサブで演奏しないといけないのか、それとも一つのオーケストラで1番演奏するだけでいいのか。
つまり、半端な位置になると、一年間を通じて、オーケストラ、吹奏楽、オペラ、ミュージカル、現代音楽等、すべてのコンサートに出ないといけません。
という内容も知らずに、適当に私は受けてしまい、案の定、ほとんどのオーケストラにて演奏しないといけない!
位置よりさらに下の位置になり。。。。
つまり一番下の方の順位になったと思います。
一年目は演奏のクラスは暇でした。笑
一方で音楽の授業もありますが、これまた大変。
英語ですからね!
宿題が全く分からない。。。。
日本人も私の学年は一人だけだったので、どうにもなりません。
友達に宿題を聞かないと本当に何も分かりません。
本当に友達って大切!!
もちろん、しゃべれない人たちへの英語のクラスは必修です。3つのクラスがあるのですがこれをクリアーしないと卒業できません。
私は、一番下のクラスから。
授業は月曜日から金曜日まで毎日朝8時から10時まで。
最初の2週間は
私から隣の人に、「How are you?」
隣の人「 I am fine, you?」
みたいな事を毎日1時間ぐらいしてました。
ふざけてますよね。。。。
バカにしてますよね。。。。。
ま、こんなだから行く訳ないんです。
私は考えました。
「アメリカ行けば勝手に英語がしゃべれるようになる!」
という伝説を。
当時、私はポーランド人の遊び人カロルと住んでいました。
このカロル、学校でも有名なイケメンで飲み会好き。
お互い英語も大してしゃべれないのですが、遊びたいという意思は高かったです。
学校の練習室で、可愛い女の子に声をかけて、「家で飲み会するから遊びに来てください!」
という英語だけ覚えて、ひたすら誘ってました。
なんというか、日本ではどうか知りませんが、アメリカの学校はみんなフレンドリーであまり拒絶されず、一年目からかなり友達が増えて、とても楽しかったです。
夜は、平日から飲み会!パーティーですね。
うすのろまぬけというトランプで出来る飲みゲームを教えたら大流行り。
私の家に来ると、みんな輪になってこのゲームをして、テキーラが罰ゲームで大盛り上がりの毎日でした。
さて、話は戻りますが、「アメリカに行けば勝手に英語がしゃべれるようになる!」という伝説は。。。。。。
本当でした!笑
英語の授業は朝早かったので、ほとんど行きませんでしたが、このパーティーのお陰で3ヶ月ぐらいで日常会話程度には困らない程度になりました。
うん、本当に友達に感謝!
英語はしゃべれるようになったのですが、授業には行ってないので、英語の基礎能力はそのまま変わってない事に全く気づいていませんでした。
あとで、気づいたのですが、「口語」、つまり「スラング」を使っていたのです。