2年ほど当ブログはお休み(おサボり)していたが
この3月21日で、僕とU子が結ばれてから 丸10年という月日が過ぎた。
山あり、谷あり、水平飛行ありの10年間だったが、早くもあり、短くもある120ヶ月。
2005年に初めて行った高尾山に行き、10年という年月を噛み締めながら
あの時と同じ蕎麦屋に入り、高尾山に登り・・・。

もう、お互い初々しさはないけれども 阿吽の呼吸みたいな円熟さが
どっかりと腰を据えているよう。

U子の部屋にもどり、何時もよりちょっぴり贅沢な晩餐で祝いのグラスを傾けた。
そして、僕からU子へ ささやかな記念の品をプレゼント。
スウィート10ほど大げさなものは買えなかったけど、チビッちゃいダイヤの入った
イニシャルペンダントを。
U子は、常日頃アクセサリーは全くしないのだけれども、この日ばかりは僕のささやかな
贈り物をその細い項にぶら下げてくれた。 
これは、U子のお愛想だとしても とっても嬉しかった。

そして、11年目の朝に向かって変わらぬ愛を確かめ合って
夢の中へ落ちて行く二人であった。

20年目の記念日はどんなだろう・・・。 
今日は春分の日。

U子と出会って、初めて一つになれた日。
2005年の春分の日、僕とU子とのスタートとなった日から丸八年。
今じゃ、馴れ合いの中だけど
唯一 結婚記念日みたいな大切な日。

そう、今日もあの初めての日みたいに
高尾山へ行って、お蕎麦を食べて帰って来て
U子の部屋でささやかなお祝いをしたよ。

明日からは、9年目のパラレルワールド•••
U子の部屋で、年末から年始にかけて初めてのコタツでヌクヌクとマッタリ過ごした。
例年は、Xmasはホテルの小部屋でこじんまりと、正月は何処か地方のビジホでチマチマと過ごしていたけど
今年はの~~~んびりとしたXmasとお正月でした。
Xmasは、U子の心のこもった豪華ディナー&朝迄裸で温かい布団の中。
お正月は、大晦日の紅白を鍋コタツでを突きながらほろ酔い加減で最後迄見てから初詣行って、帰ってきたら 速攻姫始め❤
えかったぁ~!
U子と過ごした初年越し••• 五日間もゴロゴロしては食べて飲んで、シて💘

このゴールデンウィークを利用して、僕はやっと引越を済ませ


一人暮らしを(ではなく、実家の独身時代の部屋に舞い戻り)はじめることが出来た。


これで、元妻との人間関係は全て解消された。



そのころ、たまたま時を同じくして 我が心の妻 U子も実家から独立して


実家の近所にアパートを借り、一人暮らしを始めた。


U子の場合は、本当の一人暮らし。 僕は親元。 何だか妙な具合ではある。


でも、U子は今だ人妻のままではあるが・・・・。



しかし、お互い このゴールデンウィークに、一緒に暮らすための大きなステップを踏むことが出来たのではあるまいか。



いい年をしたオヤジが、高校生のように自分の親の目を盗んで 


U子のアパートに、早速泊まりに行ったのは語るまでもない。


先程、僕の婚姻を解消するための書類




そう、離婚届が 役所で事務的に処理された。


たった今から、僕は独身生活に戻ったわけである。



でも、不思議な事に 今は、何の感慨も湧かない•••。

僕の家庭、いよいよ終演を迎えます。




明日、役所へ行ってきます。








そんなことは知らずに、U子は独立生活を目指し アパート物色中。




さすがに、子供のいる身で 離婚翌日からU子と住めるわけもなく

まずは己の生活を確保せんとすることで精一杯。



あそこのアパートが、ここのマンションが・・・ と、健気に電話を寄越す U子。




明日、僕が役所に行くことは知らない。




聞かれるまでは、僕から伝える気もない。




そんな、僕の胸中も知らぬまま 僕のスペースも含めて 部屋探しをしているU子が

とても、とても 近くに感じつつ 人ごとのようにも感じてしまう。






人生の、散文を巻き散らかしながら生きている、俺。

2005年3月21日 


初めてU子と結ばれた日。

そして今日、七年目の記念日を迎えた。


このごろは、さすがに7年前みたいな甘いものよりも

お互いを人として認め、空気のような あって当たり前のような

そんな距離での付き合い。


だから、7年目の記念日も 結婚記念日を忘れていたどこかの夫婦みたいに

大きな感慨もなく、千葉という土地の観光ホテルの一室で 何となくビールを乾杯して終わった。


この旅行も、たぶん3年くらい前なら「記念日旅行」みたいなタイトルで

はしゃぎながら行ったんだろうね。


今回は、カレンダー的に飛び石連休だったから 一日休んで4連休にして

安上がりなキャンプでも行こう!  というのが発端だったから。


デモ、しっかりと 八年目への契りを 5回ほどしてきましたけど。


U子の身体、7年経って 少しボリウム出て来たけど

こればかりは、お互い「空気」欠乏症の如く いまだにむさぼりあってるなぁ。


毎日、一緒に生活したら 僕の愚息もお辞儀をしたまんまになっちゃうのかな、と

ふと 想像をしてみたりする・・・・


U子は今、女盛り。。。  



そんなこんなで、八年目に突入!

そして僕は、今夜もまた挿入!! 

U子 最近、僕の離婚の財産分与についてやたらと興味を示し色々と探りを入れてくる。


ローン中の持ち家の分与は、金融機関が本当のオーナーだから


簡単に名義を換えたり、残存ローンを妻に変更したりは出来ない事はご存じだと思う。


この、残存ローン支払期間がどうもU子には気にくわない、というか面白くないらしい・・


「奥さんに優しすぎる、裸一貫で家を出るのか?」と。



デートをしていても、ふとした弾みで「住んでもない家のローンを払う気なの?」とか


「あれはもうすぐYくんの家じゃなくなるんだから・・・」とか ちょっと剣のある一言を発する。



そして、僕が送ったあるメールがきっかけで、U子 『ショックをおぼえ』週末デートは出来ない!「


と伝えてきた。 


あるメールとは、U子の用事の付き合いに、クルマを出すにあたり 『ガス代カンパね!』って


書いただけ。僕としては茶目っ気で書いたから軽く受け流すと考えていた。


どうやら、U子は 僕の使うオカネについて 色々と考えを巡らしては


離婚後の僕とU子とのスタンスを空想している模様。


後日、電話で話した限り 僕の、これから別れる妻に嫉妬をしている


つまり、僕のほぼ全財産をたっぷりもらって、これからぬくぬくと僕のローン中の家に


住み続けるという構図が我慢できない。。。  とのことだった。



U子だって、別居中ではあるが 離婚をしているわけではないし


夫のおばあちゃんに会いに行ったりと、僕からすれば納得のいかない


理不尽なことをしているのに、僕は


“お互いの付き合いのスタートが、〈普通〉ではなかったのだから何があっても仕方ない”と


一歩引いて、還元すれば白けて(かな)納得していたから、このU子の嫉妬(と 思うと、本人は言っていたが)


には、些か驚いたと同時に U子の感情を 僕の離婚の協議内容に反映させると


折角詰まってきた協議内容が大きく崩れて、元の木阿弥になる事になるので


こればかりは、U子の感情には耳を貸さずにマイペースをキープする以外には


僕には方法が無かった。



いずれ、U子の気持ちも解れてくれるだろう と願うばかりである。



このところ(といっても、ここ5~6年だが) 僕の家庭は崩壊寸前。


これは、別にU子がいたから、とかいう訳じゃない。


以前からの夫婦性格の不一致 というやつ。



今、協議離婚をしようと、話を進めている。


妻とも、行政書士のところへ行き 離婚協議書の作成を依頼してきた。



だが、財産分与のところですんなりといかないんだな。


お金のことだから、当たり前だけど・・・


僕は、ギリギリ 無一文 一歩手前まで譲歩しているけど


ローン中の居宅の分与が最大のネック。


すぐに、緑色の紙を役所に出して  というわけにはいかないのです。