恐れることなど何もない。
そう、自分に言い聞かせる。
私はただ死ぬわけではない。
この村に住む人々が幸せになるために、身を投げうつのだ。
本来、死にはそぐわぬ二つの矜持が、私の背中を押してくれる。
だから私は、微塵も怖くなどない。
私はもともと、余所者だった。
身も心もボロボロになり、這う這うの体で漸く辿り着いたこの村にも、長く居座るつもりはなかった。
これまでもそうしてきたし、なによりこの村は貧しかった。
原因は、村の中央を流れる河川だ。
この川は、度々氾濫を起こし、そのたびに田畑や家屋や――人命を奪っていった。
大規模な氾濫が起こった年は食糧の備蓄もままならず、多くの命が失われていた。
そんな境遇の中、村の人々は私を優しく受け容れてくれた。
到底足りない量の食事から、私が食べるぶんを分け与えてくれた。
いくら感謝してもし切れない。
そして、厚意に甘えずるずると村に居座る私には、将来を誓う相手ができた。
これまでの人生が夢だったかのように、幸せなひと時だった。
しかし、そうではなかった。
これまでの人生こそが現実で、この村に来てからの事こそ、うたかたの夢だったのだ。
たびたび氾濫を起こす河川を前に、村人たちもただ手をこまねいているわけではなかった。
私が村に来る以前の話のため伝聞だが、少ない蓄えを出し合い、氾濫を防ぐ治水事業は何度も行わていたという。
しかし、その努力をあざ笑うかのように川は溢れ出し、蓄えを吐き出していた村人たちは更なる窮地に陥ったのだった。
八方塞がりな状況で、村長は決断を下した。
領主に、護岸工事の嘆願をすることにしたのだ。
不遜な上告での処断すら覚悟した、悲壮な嘆願だったようだが、要望は意外とすんなり通ったのだという。
しかし、領主が負担したのは資材の調達と技師の招聘のみ。
労働はすべて村人たちに課され、頼みの技師も簡単な設計図を手渡したのみで立ち去ったのだという。
しかし、村は沸き立った。
これまで自費で行っていた素人工事とは桁外れに良質な資材と、その工法が手元にあったのだから。
村人たちは、日々の勤めをこなしながらも、嬉々として工事に携わったのだという。
あとで聞いたことだが、私が村に流れ着いたのは、ちょうどこの頃だったらしい。
これでもう水害に悩まされることはない。
その開放感が私を受け容れる要因の一つとなったのは間違いないだろう。
後に私の夫となる人は、青年団を束ねる立場にあった。
だからこそ、誰よりも率先して工事に参加し、工事の進捗や立ちはだかる難題に一喜一憂していたのが強く印象に残っている。
そして遂に、工事は終わった。
これまでのものとは段違いに頑丈な出来栄えに、村ではささやかながらも盛大な祭りが供され、皆の顔は笑顔で満ちていた。
翌年、幾度か大雨があったが川が氾濫することはなく、私は、夫と所帯を持った。
しかしその翌年、前年とは比べ物にならないほどの大雨が降り、川が氾濫した。
村人たちは必死で決壊した箇所の修復に努めたが、濁流を堰き止めることはできなかった。
夫は、帰ってこなかった。
夫を亡くした私は嘆き悲しみ、寝台から起き上がることすらできなくなっていた。
そしてある日、もう一つの命が失われたことを知った。
村長の対応は早かった。
再び領主へ嘆願をしたのだ。
しかし、今度ばかりは領主もいい顔はしなかった。
前回の工事費用が捨て金だったと思ったのかもしれない。
村長の涙ながらの嘆願が功を奏し、資材は前回と同じものを使うが、信用のある技師と専門の職人を派遣することで話はまとまった。
だが、ひとつ条件があった。
村からの、人柱の提供である。
二度も工賃を出す羽目になった領主の腹いせだったのかもしれないが、人のいい村長は頭を抱えていた。
出来うることなれば、そんなことはしたくない。
例え、効果があるのだとしても。
傍目から見ても気の毒なほどやつれていた村長に、人柱になると名乗りを上げた。
私には、もう生きていく意味など無いも同然だったのだから。
もうすぐ工事が終わる。
終わった時が、私が命を終える時だ。
素人目に見ても、前回より格段にしっかりした堤防は、どんな濁流にも耐えられる強さを持っているように見える。
しかし、自然の力は恐るべきものだ。
もし今後、決壊するかしないかの瀬戸際になった時、私の命が役に立つのであれば、こんなに誇らしいことはない。
今は穏やかに流れる川を見ながら、私は残り少ない生を噛みしめていた。
すると、私の姿を見つけた近所の子供たちが駆け寄ってきた。
お兄ちゃんと、その下のお姉ちゃん。そしてようやく外を歩くようになった弟くんが、よちよちと歩いてくる。
お姉ちゃんは、髪を整えながら頭を撫でてあげると、とても幸せそうな顔をする。
お兄ちゃんは、高い高いをしてあげると、とても喜ぶ。
弟くんは、まだそこまで感情を露わにしないが、いつも微笑んでいるような顔をしたかわいい子だ。
三人の様子を見ているうちに、私の決意はさらに固まった。
再び川が氾濫すれば、この子たちとて生きながらえることが出来るかわからない。
こんな年端のいかぬ子供が、幸せなことや嬉しいことも分からないまま死んでしまうなど、許されることではない。
そんな嫌な現実を、私は断固として拒否する。
子どもたちを家へ送り返したあと、私は再び川へと向き合う。
揺るぎない決意を胸に秘めて。
人々の思い描いている夢や理想が、水害などで潰えないように。
大切な人を突然亡くして、涙をこぼす人が居なくなるように。
願わくば私の魂が、夫と我が子が待つであろう雲の上の上の天国まで、どこまでも高く飛んでいきますように。
そう。恐れることなどなにもない。
私は、良くしてくれた村のみんなのために、身を投げうつだけなのだから。
二つの矜持が胸にあれば、他には何もいらない。
皆の夢を守るため、私は逝くのだ。
【完】
という解釈も可能だから、
「この歌の歌詞は何をあらわしているの?」
と質問された時、
「人柱の話だよ」
と言っても騙せるんじゃなかろうか。
まあ、この歌が何の歌なのか知らない人の方が少ないだろうけど。
※アニメの主題歌で使われてる部分(二番の歌詞)がモチーフでした。
今回調べて、二番だってのは初めて知りました。
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