10.「オールスイリ 2012」 | 町に出ず、書を読もう。

町に出ず、書を読もう。

物語がないと生きていけない。社会生活不適合者街道まっしぐら人間の自己満足読書日記です。

10冊目
「オールスイリ 2012」
文藝春秋




オール読み切りのムック本、第2弾です。



対談やエッセイを除いた掲載作品は、

「望郷、夢の国」湊かなえ
「魔法使いと失くしたボタン」東川篤哉
「籠の中の鳥たち」貫井徳郎
「バレンタイン昔語り」摩耶雄嵩
「殺人テレパス七対子」乾くるみ
「海のクワコー」奥泉光
「探偵、青の時代」有栖川有栖
「君本家の誘拐」辻村深月

という豪華な布陣。



いくつかかいつまんで感想を書きたいと思います。



まず、貫井さんの「籠の中の鳥たち」から。



裁判員裁判制度の導入をきっかけに始まった司法への世論介入が極論に傾き、1人殺せば如何なる理由においても死刑が確定されることになった世界。



大学の写真部合宿中に浮浪者が女子部員を襲い、それを止めようとした男子部員のひとりが勢い余って浮浪者を殺してしまう。



露見すれば死刑は不可避。部員たちは殺人と死体を隠匿することに決めるのだが、宿泊所にしていた別荘で新たな殺人が起きて…という話。



うーん、重いなぁ。



裁判員裁判の行く末について、あながち荒唐無稽とも思えない世界設定がまた怖い。



動機や犯人はまあ予測しやすくはあったけど、後味が猛烈に悪くて疲弊してしまった。



犯人やトリック云々よりも、人としての心の持ち様みたいなものを突き付けられたような作品でした。



続いて奥泉さんの「海のクワコー」を。



下流生活を満喫(?)している、クワコーこと桑潟幸一准教授の身に降りかかる謎と災難を描いて、ドラマ化もされた人気シリーズの一編です。



文芸部、および漁労部の合宿に駆り出される羽目になった顧問のクワコー。



寝泊まりする場所は劣悪なものの、無料で食べられる豪華な海の幸に満更でもなかったクワコーだが、翌朝、外で干していた女子部員の水着が盗まれるという事態が発生する。



近くで合宿をしていた大学生たちや、普段から付きまとっているストーカー、怪しい動きをするもうひとりの顧問・ソクシン先生など容疑者多数の中、クワコーにも嫌疑が…。



窮地の中、バイトで一旦離脱していたホームレス女子大生・ジンジンが現着。ジンジンの導きだした推理とは…という話。



なんかストーリーをあらかた書いてしまったような気がする…。



だ、だって、前半は何にも起こらないから!(こら)



でも、物語的には小ネタ満載で面白かったです。



このクワコーシリーズは、オールスイリで読んだ「森娘の秘密」が初読でこの作品が2作目になるのですが、ちょっとハマりそうです。



文体が絶妙に良くて、そこはかとなく古くさい言い回しも凄く好み。



でも著者の奥泉さんが50代半ばと知り、『うえぇぇ、だったら凄ぇ若ぇ!』とびっくりしました。



単行本買おうかなぁ。文庫化待った方がいいかなぁ。と、少々悩み中。



最後に、辻村さんの「君本家の誘拐」の感想。



近所のショッピングモールに出掛けた良枝。ふと気付くと、生後10ヶ月の娘を乗せたベビーカーが見当たらない。



「まさか、誘拐?」



混乱する良枝の脳裏によぎるのは、結婚してから今までのこと。



結婚して3年も恵まれなかった子宝を待ち焦がれていた自分。
非協力的とまではいかないが、子作りにも育児に積極的でない夫。
言いたいことを理解してくれない友人。
実家で出産し、夫の住むマンションに戻ってからの苦労。
日中、娘と一対一での育児に対するストレス。
ままならない娘の行動。
時折感じた、娘への疎ましさ。



様々な感情がない交ぜになってた良枝の混乱は、収まる気配を見せない。

娘は一体何処に?…という話。



怖いよ!



周囲の無理解も少なからずあるのだけど、良枝のエゴという部分ももちろんあって。



そのエゴを諌める周囲の声に、全く耳を貸さない良枝の一人称一人語りがもう、不安定で怖い怖い。



スイリというよりは、サスペンスホラーみたいな趣でした。



しかも、出産してから1年にも満たない辻村さんがこの作品を書いたという事実がまた怖い。



こういう本の締切がどれくらい前なのかが分からないので、出産前に書かれたものなのかもしれないけれど、育児の大変さとそれに伴う黒い心を語ってるとこなんかは「ちょ、これもしかして、実体験なのか!?」とヒヤヒヤしました。



そう思わせるほどの凄いリアリティー。
いや、私も育児のリアリティーは知らないので印象なんだけども。



なんにせよ、凄まじい作品でした。





他の作品を含め、全体的に暗めの話が多かった印象でした。



まあ、湊かなえ・摩耶雄嵩・辻村深月なんていう面子だからさもありなんとも思いますが。



そんな中で、東川さんもそうなんですけど、特に奥泉さんのコミカルさが光ってました。



…てな感じで締めたいところなんですが、有栖川さんに触れずして終わらないわけにはいかないのでちょっとだけ。



今作「探偵、青の時代」は、何と火村の大学時代の話です。



当時から犯罪を憎むスタンスを隠そうともしていなかった火村の、若く苦い思い出を描いた素敵な掌編でしたよ。



うーん、やはり短編集やアンソロ本は記事が長くなるなぁ。



じゃあ今日はこのへんで。