31冊目
「命に三つの鐘が鳴る Wの悲劇'75」
古野まほろ
光文社
左翼活動に国民の共感が集まり、政府の外交政策に批判が高まっていた騒然とした時代、1975年。
交番勤務を経て埼玉中央署特別高等課第一係に配属された二条実房警部補は、若きキャリア警察官。
父親も刑事だった二条だが、自身は学生時代、左翼革命組織・東京帝大革学労に所属していた。
しかし暴力革命を嫌う二条は、「戦うおとこ」を求めた恋人・和歌子が親友であり革学労のリーダーでもある我妻の元へと去ったこともあり、組織を離れ警察官になったという複雑な過去を持っていた。
そんな二条が刑事一課強行係に出向していたある日、かつての親友・我妻が、二条のもとにやってくる。
凶器を持参した我妻は恋人の和歌子を殺したと言うのだが、動機に関しては黙秘権を行使し、何も話そうとしない。
親友として、恋敵として、そしてなにより刑事として、二条は我妻の聴取を買って出るのだが・・・
慟哭の本格推理と迫真の警察小説の見事な融合。
圧倒的な熱量で駆け抜ける、本年度ベスト級の傑作ミステリー。
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戦後なのに帝大に特高?
という疑問が当然のように沸き上がると思うので軽く説明しときます。
古野さんの作品は今のところ全部そうなのですが、戦後の「日本帝国」が舞台なんです。
陸海空軍が存在していて、華族の存在感もまだまだ色濃く、樺太は日本領。
でも国としては西側諸国に属していて、経済面文化面では現実の日本と同程度の発展をしている、そんな世界。
そして、この作品のあらすじでも分かるように、現実の日本と同じく、70年代には左翼運動が活発だったわけです。
その全ては物語の背景としか描かれておらず詳細は不明ですが、いつかこの世界ではどのような戦中・戦後史があったのかを知りたいですね。
閑話休題。
作品の話に戻ります。
警察に出頭したことからも分かるように、我妻は和歌子を殺したことは完全に認めています。
しかし動機については一切語ろうとしません。
この展開は意外でした。
というのも、これまでの古野作品は、主に「フーダニット(誰が犯人なのか)」がメインとなるものが多かったのです。
あらゆる可能性を考慮し、その中で蓋然性の高いものを抽出していけば、犯人は自ずと判明する。
その推理に、動機の有無は一切不要。
そう言わんばかりの作風だった古野作品での、まさかの「ホワイダニット(犯行に至った動機)」メイン。
やっぱりフーダニットに比べると地味な話になりますし、勝手が違うので最初はちょっと乗り切れませんでしたが、二条と我妻の対決という図式が明確になってからは、ぐいぐいとのめり込んでいきました。
いやー、面白かったです。
重厚なストーリーと繊細な人間ドラマが絶妙に合わさった傑作でした。
「天帝シリーズ」では飄々としたキャラクターだった二条さんの、若かりし日の熱血具合というギャップも楽しかったです。