これは、私が実際に体験した出来事です。
その日、私はとある店で買い物をしていました。
平日の午後というのもあってか、普段ならば賑わっている店内に来店客の姿は少なく、スピーカーから流れる音楽だけが静かに聞こえていました。
そんな中、その静寂を破るものがありました。
ひとりの女の子です。
年齢は4歳前後くらいでしょうか。
母親の制止もどこ吹く風で、店内を大騒ぎで走りまわり始めたのです。
微笑ましいと思う反面、喧しさに眉をひそめたことは否定しません。
しかしそんな心境が伝わるわけもなく、女の子は店内を走り回り続けています。
走り回り、ふと近くに母親が居ないことに気付くと「おかあさーん」と声を挙げます。
その呼び掛けに反応した声で母親の所在を確認し、少し話をしたらまた走り出す。
そんなことを飽きずに幾度繰り返した後のことだったでしょうか。
再び「おかあさーん」と声がしました。
一度では不安だったのか女の子は更に声をあげます。
「おかあさーん。
おかあさーん。
おか」
声が途切れました。
最初は声をあげている間に母親の姿を確認できたからかとも思いましたが、その後決まって交わされる母子の会話が聞こえません。
それに先程の急に途切れた声。
あの声は、母親を見つけた安堵により途切れたようには感じられませんでした。
どちらかといえば、絶句したような途切れかただったのです。
不審に思っていると、
「け!」
女の子の声が聞こえました。
「け」と言ったのか?
しかし意味が分からない。
多分別の言葉と聞き間違えたのだろう。
そんなことを考えていると、更に女の子の声が。
「け!」
「け!」
「け!」
「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ!!!」
ぞくりとしました。
先程まで聞こえていた女の子の声であることは間違いありません。
しかし、明らかに先程とは異質な声でした。
まるで、人が変わったかのような・・・。
人が変わった?
私は何を考えているのだろう。
人が変わるなどということが、あり得るはずがない。
「憑依」
そんな言葉が頭をよぎるが、かぶりを振って否定する。
私は矢も盾もたまらず、声のした方へと向かいました。
そこにあったのは、前方を指差し、目を見開いた女の子の姿。
「なんだ、そういうことか」
拍子抜けした私は、安堵のため息をつくとレジへと向かったのでした。
【完】
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はい、種明かしー。
女の子の行動に加えて、その時の心理状態を推測するに、おそらくこういうことだったのだと思います。
縦横無尽に走り回る女の子は、ある売り場で足を止める。
それは、ヘアカラー売り場。
商品のある棚には、色見本として毛束が付いている。
こんなところに髪の毛がある!
お母さん、こんなところに髪の毛があるよ!
その驚きを咄嗟にひとことで表した言葉が、
「毛!」
なワケです。
隣の商品を見ると、そこにも髪の毛が付いている!
「毛!」
その隣もだ!
「毛!」
ふと売り場を見回すと、あたり一面髪の毛だらけ!!
「毛!毛!毛!毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛!」
多分こんな感じだったのでしょう。
事実は小説より奇なり。なんて言いますが、現実なんて得てしてこんなものです。
でも、その場に居合わせて声だけ聞いてごらんなさい。
毛っこう、
じゃなくて
結構、怖いもんですよ。