58冊目
「虐殺器官」
伊藤計劃
9・11の同時多発テロ以降、先進国は徹底した管理社会へと移行していた。
街中のありとあらゆる所には指紋や網膜や脳波等の認証装置が設けられているため、秘密裡に行動することは不可能。
宅配ピザですら指紋認証しなければ購入することができない。そんな社会。
一方、途上国では内乱や紛争が相次ぎ、虐殺や少年兵徴用等、様々な『非人道的な行為』が行われていた。
不安定な途上国で『非人道的な行為』を行うにあたり中核的な位置を占める人物を殺害することで歯止めを掛ける。いわゆる『暗殺部隊』を率いる米軍大尉クラヴィス・シェパードの次なる標的は二人。
一人目はいつも通り某途上国の要人。
そしてもう一人はジョン・ポールという名の米国籍の男性だった。
現地に乗り込んだシェパードたちは無事に某途上国要人の暗殺には成功したが、そこに居るはずのポールは見つからなかった。
その後も様々な国の要人とセットでポールの暗殺指令が届くが、その度に「そこに居るはず」のポールの姿はなく、暗殺は失敗に終わってしまう。
シェパードは、与えられた任務をただ淡々とこなしていく軍人としての思考の隙間で、ポールのことを考える。
なぜ彼は生まれ育った国から命を狙われているのか。
そして、なぜ政情が不安定な途上国を渡り歩き、どうやって暗殺を回避しているのか、と。
そんな中、ポールがチェコに居るという情報が入る。
これまでの戦場任務とは違い、都市での任務。
シェパードたちはポールの恋人であるルツィアの周辺で網をはることにするのだが…
・・・・・・・・・・・・・・・
文庫本のデザインがものすごくかっこよかったので、めずらしくジャケ買いした本です。
そして、読んでみてびっくり。
何がすごいって、「ありえそう」なところがすごい。
最初は正直よくあるSF作品のように見えました。
徹底的な管理社会、人工筋肉を使用した兵器や機器、分業化が進み民間委託があたりまえになった軍事部門、等々が現在の社会とはあまりにもかけ離れているから。
しかし読み進めていくうちに分かってきます。「現在のシステム」と「物語の中のシステム」の間に何があったのか。どういう理由で、どういう意図で、システムの大幅改変があったのかということが。
その理由付けがものすごくしっかりしてて、ものすごくしっくりきて、そのリアリティーさにぐいぐいと引き込まれていきました。
そして怒涛の結末。
間違ってもハッピーエンドとは言えない結末。
救いなどどこにもない結末。
シェパードは正しくない。
ポールも正しくない。
ルツィアもウィリアムズもルーシャスもアレックスも正しくない。
しかしそれは間違っているということでは、決して、ない。
そういう余韻がまた良かったです。
「ゼロ年代最高のフィクション」という謳い文句は大袈裟ではないですよ。