27.「モダンタイムス」伊坂幸太郎 | 町に出ず、書を読もう。

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物語がないと生きていけない。社会生活不適合者街道まっしぐら人間の自己満足読書日記です。

27冊目
「モダンタイムス」
伊坂幸太郎




残業を終えて自宅へ帰ってきた渡辺拓海を待っていたのは、妻の佳代子ではなく屈強な髭面の男だった。



椅子に体を縛り付け、尋問を行う体勢を調えた上で男は渡辺にこう訊ねる。


「勇気はあるか?」



突然仕事を放り出して出社しなくなってしまった有能な先輩・五反田の請け負っていた仕事を引き継ぐことになった渡辺。驚いて電話をかけた渡辺に、五反田はこう囁く。


「お前が思っている以上に、世の中は怖いぜ。おまえも俺も見張られてるんだ」

「見て見ぬふりも勇気だ」



友人の小説家・井坂好太郎は渡辺に対し、自慢気にこう嘯く。


「ネットの功績はでかいんだよ」



妻の佳代子は、電話口で怒りを込めて渡辺にこう言い捨てる。


「いつまで白を切れるんだろうね」



幾つかのキーワードを見つけた後輩の大石は、事態を打破するため、自宅のPCから検索をしようとする。



心配する渡辺に、大石は自信満々に告げる。


「不気味ではありますけど、しょせんは検索ですよ、検索。僕のPC、ウィルス対策もバックアップも万全ですし、危険と言っても大したことないですよ」



しかし、事態は予想だにしない方向に転がり始め、渡辺も半ば自主的にその流れに巻き込まれていく。



渡辺は呟く。


「公私ともに充実してきた。悪い意味で」



そして、毎朝送られてくる占いメールは、渡辺にこう断言する。


「自分を信じて、絶対」




・・・・・・・・・・・・



こりゃあ面白い。
妻がちょっと変わっていること以外はごく普通の会社員である渡辺が、ある仕事を切っ掛けにトラブルへと巻き込まれていく様子が、とてもスピーディでスリリングでした。



お馴染みの軽妙なトークも最高。ちょくちょく黒いテイストが混じるのがまたよかったです。



作中に、井坂好太郎なる小説家が出てくるんですが、このキャラクタが一番好きでした。
微妙に『伊坂幸太郎のことなんじゃないか』みたいな発言をするのが堪りません。明らかに狙ってるよなぁ、これ。



あと、伊坂さんといえば注目なのがオチの切れ味。
これがまた、巧かったです。



そうか、こう来たか。
そうだよなぁ、よくよく考えたらこれしかないよなぁ、と納得のラストでした。



あとがきで書かれていましたが、この「モダンタイムス」は、最近映画化された「ゴールデンスランバー」と同時期に書かれていた小説だそうです。



そう言われれば確かに、何が何だか分からないうちに事態に巻き込まれていく主人公。相対する、大きすぎてナニモノなのかも分からない敵。というのは似てる気がします。



また、逃げても逃げても追いかけてくるシチュエーションだった「ゴールデンスランバー」と、逆に、五反田の言う通り『見て見ぬふり』も出来たのに真相を知るため向かっていく「モダンタイムス」という相反する対比も、同時進行だったと聞くと意味深だなと思いました。



読み比べると個人的には「モダンタイムス」の方が好きでした。
でも多分、一般的には「ゴールデンスランバー」の方が好かれるんだろうとも思います。



というのも、暴力描写が結構多いんです。しかも一方的な暴力が。



とはいえ、未遂で終わってしまうシーンの方が多いんですが、そのせいでダークなイメージは残ってしまいます。



読んだ人の感想を見てても、『ダークな部分に抵抗があった』的な発言が結構あったので、そういうのが苦手な人は読まない方がいいかもしれません。



私は、『どこにでも居るような普通の人が、そのテンションのままとてもあっさりと人を殺したり傷つけたりする』ことが伊坂作品の特徴であり魅力でもあると思っているので、ちょっと首肯しかねるんですがね。



まあ、そこはこれまでに読んだ作品の種類にもよるんでしょうが。



話を戻すと、この作品は「魔王」「呼吸」の後日談に位置する物語です。



実はこれまでの作品中で「魔王」はあんまり好きではなかったんです。何か中途半端な気がして。



同じ単行本に入っている「呼吸」を読んでも、『あぁ、こういう風に繋げたんならまだ分からんでもないな』くらいの印象でした。



でも、この「モダンタイムス」と繋がったことで自己評価がうなぎのぼりです。



また「魔王」「呼吸」を再読してみようかな、と思わせてくれる、そんな一冊でした。