こんにちは。与弦です。
今回は『お金との付き合い方』について自分の考えを語ろうと思います。
そもそもお金ってなんでしょうか?
お金を使うと、物が買えます。
土地、家、食べ物、嗜好品...。
お金の多い少ないの量によって、決められた価値の物が、購入するということで得ることができます。
これは私の中で、二つの視点があります。
ひとつは、全ての物の価値を図る基準がお金で統制されたということです。
大昔、人々は物々交換で生活をしていました。
米俵1表の代わりに、大根をこれくらい...など、お互いの気に入る条件で交換を行っていた時代です。
それは個人間での取引としての手段でした。
時代は進み、徐々に人は組織として集団を作り始めます。
その集団ごとでの取引も、物々交換を行うことが困難になってきます。
米俵1俵に対し、Aさんは大根10本のところBさんは50本など、人によってその物の価値が異なることが生まれてきたのです。
これでは今後、人が変われば物の価値も変わり、交渉は困難になる。
ここで知恵を絞って出てきたのが、貨幣。つまりお金です。
米俵1俵に対して銀貨は10枚。誰でもこれで支払う。
全ての人々がそれを基準にしたことで物の価値が、人の感覚から明確なものへと変わった瞬間ですね。
お金は集団行動を取る上で、統制する力を持ちました。
日本人が得意とする、集団での統制が効くルールだったんです。
そして二つめの視点が、お金は人の心を奪うことです。
つい最近、知人とのお話で悲しい出来事がありました。
AさんとBさんがビジネスをこれから一緒に頑張っていこうと思い、二人は進んでいました。
Aさんはビジネスを始めるにあたって、根本に考えていたのは「人生を幸せにする」ということです。
そのために講演会や発信力をつけていこう、そう思って少しずつではあるものの、努力をしていきました。
ところが最近、Bさんの様子が変わっていきました。
「今までの公演会と違う物販をやりましょう」
「これはビジネスだから契約書を書いてもらおうと思います」
「Aさんに伝えたコンサル分の支払いはしてもらいますよ」
という内容です。
Bさんの言動が変わった背景にあったのは、最近Bさんとのビジネスで、Bさんのもとを何も言わずに離れていく人が多かったこと、そしてAさんからの連絡が体調不良などが重なり一時途絶えたことが重なったことが原因にあるようです。
これについて、AさんもBさんへの連絡が途絶えてしまったことについては責任があります。
一方でBさんの発言には、Aさんと「人生を幸せにしよう」という目標は見えないように思えます。
簡単に言えば、『お金が先ず先』という表現に捉えられます。
Aさんは始めた当時のことを思い返すと、とても悲しんでいました。
果たして、これから先、Bさんと付き合っていく中でも良い関係でやっていけるのか不安だと思います。
お金は人を良くも悪くもするものです。
お金で物を買うことはできますが、幸せを買う事は決してできません。
例えるなら、普段から1万円のフルコース料理を食べ慣れている人が5,000円のステーキを出されても満足しないでしょう。
でも、普段から満足にご飯が食べられない空腹で死にそうな人が、その場に出された100円の塩むすびを食べられることは、とても有難く満足でいっぱいのはずです。
自分の満足いくお金の使い方をして、その先に幸せがあるものだと思います。
私は後者でありたい。
できれば、身の回りにいる人たちが同じ感覚を持ち、今の状況に満足を感じ、ささやかな事を一緒に喜び、感じたい。
そう切に願います。
皆さまに幸せが訪れますように。