満月から春分の慌ただしさがすごい。
まず、これを書かないと始まらない。
愛犬セレが昨日亡くなった。
金曜日に、ひどい床擦れが出来て病院へ連れて行ったけど、本来なら行けない日。2つの奇跡が起きて連れて行けた。
で、明日から久しぶりの海外旅行なので、診せに行ける日が火曜日の朝しかなかった。
私がいる日に合わせてくれて、ちゃんと手伝わせてくれてセレは亡くなった。
私は偶然やとは思わない。
神さまの遣いみたいな子だった。
私は、私であることからだんだんそれて長い間生きていたのを自覚している。
そのまさにそれている間のウンコな私に存在意義を持たせてくれた大きな存在。
2〜3年前から自分に戻るプロセスが始まった。違うな。
プロセスはとうに始まっていたけど、自覚して戻ろうとしたのが2〜3年前。
私が私に戻るにつれて、周りにいる人が変わっていった。
私が私であった頃の友達との交流も戻ってきた。
で、つい最近、ほんまに私結構完全に自分に戻ったな、と思った途端、セレはいなくなった。
昨日は泣いて、泣いて、、
でも、ありがとう、しか出てこなかった。
ちゃんと見てあげれなくてごめん、は神様の遣いに対する言葉としては陳腐すぎる。
私に期待などしていない。
私に甘えているような姿に見せかけて、私を見守っていてくれたとしか思えなくて、
気づかせてくれてありがとう、
私のところに来てくれてありがとう、
しか出てこなかった。
もう、間違うなよ、また来なあかんやん。
そんな風に逝った気がする。
ありがとう。
もう、間違わない。
おかしくても、ダサくても、
絶対自分でいる。