中1の4月。春の訪れとともに、そのブームは突然僕らの元にやって来た。



『スーパー電子手帳Jr 似顔絵テレパシー』



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電卓やカレンダーとして使える上、名前や顔を入力してアドレス帳的に使う事も出来るこの代物は、多感になりたての僕ら中1を、瞬く間に虜にしていった。

最初はクラスの女子の誰かが、こっそり学校に持ってきては、友達を入力してキャハキャハしていただけだったんだが、

その輪はみるみる広がっていき、4月にして早くもクラスのボス的存在に君臨していたカサイくんがゲットした事で、その輪は男子をも飲み込み、

ゴールデンウィークが明ける頃には、クラスの半数近くが、当時としては超ハイテクなこの薄紫色のメカを、カバンに忍ばせていたのだった。

中1になり、入学祝いの権利をスーパーファミコンとスーパーマリオに行使してしまった僕は、その第1次ブームに乗りそびれ、

悔しくてBダッシュで帰宅しては、テレビの中のマリオをBダッシュさせ、Bダッシュさせ過ぎてマリオをソッコー穴に落としてしまい、余計悔しくなってまたB、といった、Bのループに陥っていた。

ま、Bの件は別にしても、輪の外にいた僕がそれほど悔しがるだけあって、スーパー電子手帳は、中1なりたてホヤホヤという僕らのタイミングに、見事にマッチしていた。

まず何よりそのメカは、友達を作る手段として、抜群の効果を発揮するのだった。「手帳持ってる?」その一言が友達のはじまりになる瞬間を、僕は度々目にしていた。

でいて僕の通っていた中学というのが、幼稚園あって、小学校あって、中学校まであるけど、高校なくて、でも大学はある、という、

中学から大学に行くには別ルートでどうぞ的な、超変則エスカレーター式の学校で、

おかげで僕の中では創始者が、



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こうゆうお面を被って「1度入ったからといって楽はさせませんよ」などとほくそ笑む、変な奴のイメージが定着しちゃってるんだが、

ま、とにかく、

そんな超変則エスカレーターを搭載した僕らの中学では、小学校から乗り続けてきたグループと、別々の小学校から乗ってきたグループが、およそ7:3の割合でぱっくり分かれていたため、

少数派である別々の小学校から乗ってきたグループの肩身が、何だか狭いという状況を生み出していたんだが、

その2グループの間にあった溝を、スーパー電子手帳はものの見事に埋めてくれていて、別々の小学校から乗ってきたグループの人が特に、スーパー電子手帳片手に、友達アタックを仕掛けている、そんな感じなのだった。



こうして、僕ら1年4組で、コミュニケーションツールとしての力を極秘裏に発揮していた、スーパー電子手帳。

クラスの半数が持っていたにも関わらず、担任だった英語の今村先生に全くバレていなかったところに、その重要さがうかがえる。

そもそも学校に持ってきちゃいけないし、バレたらソッコー没収だ。

もっとも今村先生は当時、隙あらば日常会話の端々を英単語で言おうとする、という、トゥギャザーしようぜ!と言いかねない、ルー今村状態だったので、

ネクストはどこを英語でセイしようか?に頭がいっぱいで、そこまでハンドがローリングしなかったのかもしれない。



しかし2学期を過ぎた頃。

スーパー電子手帳ユーザーが史上最多、クラスの4分の3ぐらいにまで膨れ上がった頃。

事態は思わぬ方向に、ころころ転がっていく事になるのだった。



その日、クラスで1番ガタイのいい女子、イワタさんが吠えた。



(長くなりそうなので続きは次のブログで)