ぼくは割と、かなり幼い頃の記憶を持っているんですが、あれは2歳の頃だったと思います。
当時家には「電蓄(電気蓄音機)」とも呼ばれる小さなレコード・プレーヤーがありました。
大概がモノラルのスピーカーが内蔵されていて、中にはラジオ・チューナー内蔵のものもあったはずです(知らんけど)。
ウチにあったのはナショナル(現在のパナソニック)製でした。
で、その電蓄、ウチの父がぼくに操作方法を教えてくれて、それによってぼくは、毎日のようにそのプレーヤーを自分で操作して、レコードを聴くようになり、歌も覚えて唄うようにもなっていました。
問題はその歌ですね。
家にあったのは、当時の流行歌のシングル盤がほとんどで、たぶんこれは父が集めたものでしょう。
ぼくがレコードを聴いて唄っていたのは1960年代の後半ですから、当時の歌謡曲はまだ大人向けが中心で、小さな子供にとっては敷居が高かったはずです。
それでも構わず、歌詞の意味も解らず、嬉しそうに唄っていました。
結構きわどい内容の歌詞もあったはずですよ。
ま、いいじゃないですか。
家にあったのはシングル盤が殆どなんですが、LP(レコード・アルバム)も2枚(!)ありました。
そのうちの一枚が橋幸夫さんのアルバムで、確か大ヒット曲「潮来笠」も入ってましたね。
ベスト盤だったのかな?
たださすがに橋さんの歌は唱わなかったです。
もう1枚のアルバムは、ジャズ・アレンジ(ヴォーカルではなくてインストもの)されたクリスマス・ソングのアルバムがありました。
1曲めに入っていたピアノ・トリオによる「ジングルベル」しか覚えていませんが(これしか聴いてなかった?)、当時この手の音楽って、クリスマス・シーズンになると、夕暮れ時の商店街などにある喫茶店から、よく音が漏れてきていました。
最近はもうほとんどないですね。
ああいう文化、あった方がいいと思いますけどね、ぼくは。
さて、この頃のレコード・プレーヤーと音楽の体験が、ぼくの人生を奇妙で面白いものにしてしまうとは、当時は思ってもみませんでした。
そもそも「人生」なんていう概念もまだ知りませんからね。

