今回が2度目のドイツ旅。しかもドイツ一人旅!さてはてドイツ語どころか英語すらままならないのに大丈夫か? http://4travel.jp/travelogue/107183562015 年 4 月開始第 2 章 ロマンティック街道 2008 年の旅日記 (注)GRPを使った旅ではありません。
Herzlich willkommen !ご無沙汰です個人的には年越しそばを食べることもなく、バタバタのうちに年が明け2017年となりました。年明け早々、フランス人指揮者のジョルジュ・プレートルさんがお亡くなりになったとのニュース昨年は3月にオーストリア人指揮者のアーノンクールさんが亡くなり、世界的な指揮者がまたこの世を去りました。特にプレートルさんは大好きな方だったので残念でなりません。2008年のウィーンフィル・ニューイヤー・コンサートに御年83歳で初登場なかでも「皇帝円舞曲」はかつて聴いた中では一番良かったし、「美しく青きドナウ」もそうだったさてと・・・このロマンティック街道の旅は2008年の出来事、旅もいよいよクライマックスへこれから向かうはフュッセン Füssen発音しにくい名称ですが、世界的に有名な街なのです。場所的にはドイツ連邦の最南部であり、ミュンヘンからの列車往復でも結構たいへん街のすぐ南はオーストリアですちなみにミュンヘンから列車で移動するなら、RE で片道約2時間、料金は20ユーロほどですまたフランクフルト中央駅(Main )からだとICEとREを乗り継いで最速でも5時間ほどかかりますまあいないとは思いますが、ベルリンからの直行となると最速でも8時間半かかるようですバスに乗ってディンケルスビュール Dinkelsbühl からフュッセンまでは約3時間車窓からの景色は濃霧途中アウトバーン ( ドイツの高速道路 ) を通るなんせ移動時間が長い・・・トイレ休憩がてらコンビニ?付きのガスステーションへ日本で言うところのサービスエリアですが、ここは簡易版でしたね休憩が長めに取られていたので、たくさんあるお菓子をあれこれ物色した挙げ句、買ったのはミントチョコ・・・だったような記憶があるその当時のガソリンの値段は日本でも相当に高かったように記憶している。レギュラーが170円/ℓ を超えていたと思うが、ドイツのこのスタンドは200円オーバーハイオクに至っては260円を超えていた。あまりの高さに吃驚したのを覚えている。大型バイクにハイオクを給油する僕にとっては頭の中で1000円札がヒラヒラだって4 ℓ で1枚・・・ 大型バイクはたいてい20 ℓ ほど入るから・・・恐ろしや~南下するにつれて・・・違うか?単に暖かくなってきたからか、青空が広がってきた。休憩を挟みつつ3時間の移動アルプスに向かってバスは高所へ実は数日前、本日の26日の天気予報は メインの日が雨かい~~と皆が思ったのは言うまでもない晴れ男 ( と自分では思っている ) の面目躍如漸くこの旅のメインであるお城が遠くの方に・・・そしてもう1つ美しいお城バスを降りてまずは昼食観光地らしく、すごく広い駐車場ですよシンデレラ城のモデルになったといわれるお城です後ほど訪れるお城を遠くに見ながらレストラン・カインツへ何品か取り忘れてるのか?メインであるドイツ風?ラビオリすでに溶けかけのデザートアイスレストランを出て道を上がって行くと、右手にチケットセンターがありますお城に入るにはここで並んで購入するか、あるいはネット予約しかありません。チケットセンターの写真などはリンクをクリックちなみに2017年1月現在の入城料金はこちら ( pdf )ロマンティック街道の旅と言えばここですねチケットセンターを通り過ぎるとすぐホテル・ミュラーがあり、そのすぐ横にこの看板シュロス・ノイシュヴァンシュタインの文字・・・しかしもちろんこのお城ではありませんこのお城はホーエンシュヴァンガウ城 Schloss Hohenschwangau ( HP )マクシミリアン2世が当時荒廃していた城をゴシック様式で再建したものそもそも Hohenschwangau の gau は辞書によると、森と水に富む地域を指すそうschwan は英語でいう swan 、そしてhohen は高いなどの意味があるつまり白鳥が住む自然に満ちた場所だったのでしょう先ほどのホテル・ミュラーの前からこれに乗ってノイシュヴァンシュタインまで行くこともできる料金は登りが6ユーロ、下りが3ユーロで、所要時間はおよそ20分となっています。ただしメインゲートまでは行かないので、停車場から10分ほど歩かねばならないようです。チケットを購入した際に入城時間が指定されるので、くれぐれも時間に余裕を持って。つまりこの方々はお城まで合計30分の旅へと出発するわけですもちろんシャトルバスもありますが、冬期は雪や路面状態により運休もありますちなみに料金は往復で2.6ユーロですが、やはり最後は自力で歩く必要があるようです。乗り物なんかに乗るか! という方・・・ えっちらおっちら徒歩だと40分の行程です。僕たちツアー一行はシャトルバスにてバスを降りて5分ほど歩くと、このマリエン橋 Marienbrücke に到着です観光客が多くて写真どころじゃない感じなので邪魔にならないよう1枚橋自体を撮影しようとしても人、人、人で橋が隠れて写りませんでしたわお城の全景を眺めたり撮影するのはこの橋からが最適とされていますが、地上からの高さがなんとも・・・こんなんです最も高い場所で地上90mだそうな・・・ そこからの景色がこの有名な風景ノイシュヴァンシュタイン城 Schloss Neuschwanstein ( HP )残念なことに塗り替えだったかで全面に足場が組まれており、お顔が全く見えませんでした。Neu / schwan / stein と3つの名詞がひっつき、それぞれ新・白鳥・石を表すたまにノイ・シュヴァイン・シュタインと言い間違う人がいますが、シュヴァインは「豚」を指すのでご注意を!このお城はご覧の通り山のてっぺんに建っているのですが、実は築城の際に山のてっぺんを爆破しているのです。建設を命じたのはバイエルン王のルートヴィヒ2世 (Ludwig II )城とはいえ要塞としてではなく居城としてでもないこの城は、ヴァーグナーに心酔したルートヴィヒ2世の趣味の城として建設が開始されました。ツアー前から外装補修工事中であることは承知していた。さらに事前の天気予報でこの日が雨であると分かった時には、どうせ工事中で見えないんだから「まあいいか」なんて思っていた。それがまあ期待を大きく裏切る(逆の意味で)この抜けるような青空マリエン橋にいるツアー一行が「足場邪魔やなぁ~~」と何度もつぶやくまあ「ものは考えよう」で、観光客のためにせめて晴れてあげようと思ってくれたのでしょうね雨のノイシュヴァンシュタイン城ではなく、晴天でしかも足場付きのノイシュヴァンシュタイン城これはこれでなかなか見られる景色ではないように思うノイシュヴァンシュタイン城後方(北)シュヴァンガウの街並み・・・だと思いますお城向かって右側(東)に目をやると・・・ロープウェイが見えるあれはテーゲルベルクへ行くテーゲルベルクバーンですお城向かって左(西)黄色っぽいお城が先ほどのホーエンシュヴァンガウ城お城の左下に見えるデカい建物(観光バスが停まっている)がホテル・ミュラーで、その右横にみえるトンガリ屋根の小さめの建物がチケットセンターです。そろそろノイシュヴァンシュタイン城を訪れる指定の時間が近づいたようなので、徒歩にて・・・ # 21 フュッセン Nr.2 へ つづく
この日も早起きして・・・とはいかなかった日付は2008年の10月26日ですドイツでは、10月の最終日曜日の午前1時だかに夏時間が終了!夏時間の間に1時間進めていた時計を標準時に戻すのです。よって本日は1日が25時間あることになる・・・必然的に夏時間が始まる日は1日が23時間になる・・・ちなみに3月の最終日曜日日本人にとってはなんともややこしい話だホテルを出た目の前にローテンブルク駅それにしても思った以上に寝てしまったよ・・・疲れているのかな得した1時間は睡眠というものに費やしてしまった本日のホテル出発は8時半ころの予定駅前の時計は夏時間のままだ・・・駅前が広いわ日曜日の朝7時すぎだから誰もいない駅前右の建物はスーパーただし日曜日なので本日休業なのかな駅の中に入ると目の前に太陽ドイツの駅には改札というものがない利用者は、向こうにみえる自販機で目的地までの切符を買うことになる日本だと、目的地を探し値段を確認してその値段のボタンを押すんだけれどドイツの自販機は、画面上で目的地を選択してタッチすれば値段が表示される。目的地の頭文字をタッチするとそれに該当する都市の駅名が出てきますよ。あとはお金を投入するという手順便利なのは、乗り換えがある場合にそれが表示されます。○時○分に○番線に到着、×番線から乗換列車が出発・・・など印刷もできるのですごく助かる。詳しくはこちら(写真あり)駅の案内所はまだ閉まってたと思ったら・・・日曜・祝日はお休みだったドイツでは州によって祝日が違うこともあるそうです日本語も見られた。日本人観光客が多いのだろうねただ列車でここまで来る人ってそんなにいるかなぁそうこうしているうちに列車が到着2012年の1人旅時の記憶だと、列車の到着を知らせる音楽&アナウンスはあった・・・ただまもなく発車するよという合図は何もなかったと思います。アナウンスはドイツ語が流れ、英語が続きます。これは僕も経験した話ですが、ちょいちょい列車の到着するホームが変更になるんですよねそれも前もってではなく、列車が見えてからアナウンスが始まることもあります小さな駅ならまだしも、フランクフルト中央駅とかケルン中央駅など巨大な駅でそれをされるとたまったもんじゃない。僕自身は確かケルン中央駅でこれを経験したのですが、アナウンスが始まると同時に階段を駆け下りる人が多数いて、一体何事かとポカンとしてた。英語のアナウンスが流れてはじめてその状況を把握した。なので列車旅する方はくれぐれもアナウンスには注意を払って下さい。興味のある方・・・事の顛末はこちらまさかこの時、4年後に1人旅をすることになるとは思うはずもなく・・・この列車は RB 、シュタイナハと RodT 間を運行しているんですねRodT とはRothenburg ob der Tauber の略、つまりこの駅です長い駅名はこんな風に略されていることがままある列車が出ていった広い空、こういう景色が大好きだはい ホテルを出発しましたバスからの景色ですが、辺りは真っ白けローテンブルクからバスで約45分、ディンケルスビュールが行き先40分ほどでディンケルスビュールに到着ここは城壁に囲まれた街の外にある駐車場この街への鉄道は30年ほど前に廃止になってしまい、現在は走っていないので、主な足はヨーロッパバス、あるいは車かタクシーです駐車場から南東角を・・・南東角にはネルトリンガー門があります旧市街への東の入り口( 手前側が旧市街 )駐車場からはヴェルニッツ川にかかる2つの橋?を渡らねばなりませんヴェルニッツ塔(門) Wörnitz Torヴェルニッツ塔をくぐり抜けるとすぐにみえるのが歴史博物館(HP)そのすぐ右側にあるのが聖ゲオルク教会(HP)教会の脇に居られるのはゲオルクさん?マルクト広場城壁に囲まれた街の中心教会の前にはカラフルな建物が立ち並ぶこの場所から南北には300mほど、東西には500mも歩けば城壁に突き当たる教会の西側に建つそのカラフルな建物の左から3つ目がドイチェス・ハウスDeutsches Haus ドイチェス・ハウス1440年ころに建設された建物だそうで、看板にもある通りホテル・レストランです興味のある方はこちら (英語サイト)閉まっているのかと思いきや、お客さんがいた看板には朝食って文字も見えるから早くからやってるんだねそれにしてもカラフルなお家ばかり天気が良かったらもっとキレイなんだろうねこの街では毎年7月に子ども祭りが開催されます。Kinderzeche キンダーツェッヒェ というお祭りです17世紀の30年戦争でこの街はスウェーデン軍に包囲され、破壊されようとしたとき子どもたちが将軍の前まで進み出て止めてくれるように頼んだ。そんな子どもたちの姿に、幼い息子を亡くしたばかりの将軍は・・・という逸話にちなむ。2017年は14日~23日に開催される予定、再現劇ももちろんありますよ。こんなお店があった店主と思しきおじさんが「こんにちは~ いらっしゃい」ってお出迎えこの街でもローテンブルク名物のシュネーバルがあったSchneeball とは英語にすると Snowball 雪玉のことチョコがけやシナモンがまぶされたものなど色々な種類があり、1つがけっこうな大きさなのでおやつにするには1つで十分ですディンケルスビュールの観光はたったの45分ほどでした街自体が小さいとはいえ、さすがに45分では厳しいものがあるね駐車場からバスに乗り込んで次の観光地へ #20 フュッセン へ つづく
さて続き旧市街を南へすでに塔が見えてますが、あの辺りがこの街の最も有名な場所なのです。なんとも逆光で・・・この辺りが Plönlein プレーンラインと呼ばれる有名な場所こんな狭いのになぜこれほど有名なのか・・・プレーンラインの元々の語源はラテン語の「 planum」で「平坦な場所」という意味なのだそう左に見えるのがジーベル門(ジーベルス塔)で、右側に見える下り坂を下っていくとコボルツェラー門があります。でもどうしてこれほど有名なのかは???個人的には・・・広い空に浮かぶ頭上の鉄看板をながめながら石畳を歩く・・・マルクト広場からここまでの通りには実に多種多様な鉄看板がありますよその右側の下り坂を行くと・・・コボルツェラー塔をくぐり門へと帝国の象徴である双頭のワシと、ローテンブルクの紋章旧市街を出て、と言っても数歩ですが、旧市街を向いてパチリこのまますぐそこに見える道を下りて行けばタオバー川ですが、時間もそう無いので来た道を戻って中世犯罪博物館を見学しようとかなんとか言いながら、外観写真を撮ってないようだ開館時間などの情報はこちら → 中世犯罪博物館特に11月以降は開館がお昼を過ぎてからで、しかも閉館時間が16時と早い。さらに入場可能は閉館の45分前までで、実質の入館可能時間は2、3時間ってとこかな館内での撮影がOKだし、何だかんだ見ていて面白いから1時間はすぐ過ぎる今となってはバカバカしい罪・・・例えば、おしゃべりが過ぎる罪とかでヘンテコリンなマスクを被らされたりなど。まあ普通にと言うか、残酷な罰などももちろんありました。旧市街の中にはこうした水飲み場がちょこちょこ見られます飲めるのかは知りませんが「 Kein trinken 」 と書かれていたら、飲むな!ってこと。ドイツの水道水は普通に飲めないことはないのですが、基本的に硬水なので人によってはお腹の調子が悪くなる可能性もあります。自信のある方は別として、心配な方は無理せずスーパーなどで買って下さい。それはさておき・・・高台にあるこの街は、そばを流れるタオバー川からポンプで水をくみ上げることで生活用水を確保していたのです。また井戸も重要な役割を果たしていました。北西角にあるクリンゲン塔( 門 )は16世紀ころには貯水槽が設置されていたそうです。レーダー門から西へ延びるヘルンガッセ(ヘルン通り)にある建物オレンジ色の建物がテディランド・・・テディベアの専門店で、レアもの(限定品)が販売されていたりする↑ マルクト広場を振り返っただけねテディランドから西へ少し歩くだけで旧市街の西端ブルク門 Burgtor向こうが旧市街ね門を出て右にトイレがあった僕は入ってないけど、やはり有料かな大概のトイレは 0.5ユーロなので、街歩きの際には 50セント硬貨を数枚持ってると安心だねあくまでも任意ならしいけれど、場所によってはゲート方式になっていて50セント硬貨がないとトイレに入れないところもあります。そういう所にはご丁寧に両替機が置いてあったりもする。ブルク門を出たところはブルク公園が広がるかつてここにはグラーフェンブルク城およびライヒスブルク城があったのですが、14世紀中ごろの地震によって崩壊したらしく、それらしいものは跡形すらなかった。ブルク公園から南を ( コボルツェラー門のある方向 )旧市街が城壁で囲われているのがよくわかるでしょう。その城壁は登って歩くことができます。城壁を保存・修復するために1m単位で寄付を募ったそうで、城壁の壁には寄付した人たちのプレートが掲げられてます。コボルツェラー門から道を下っていくとタオバー川に・・・その川に架かる橋ドッペル橋 ( Doppelbrücke ) ・・・二重橋と言われるジオラマ風に・・・城壁で囲まれた旧市街を一回りするだけなら大した時間はかかりませんが、ゆっくり楽しむなら1日がかりでしょうね。1都市2日間が理想だけどね。夕食までの5、6時間ではゆっくりランチってわけにもいかず、豚肉屋かなんかに入った。店頭ではソーセージを焼いているので、すごく美味しそうな薫りがするよ。その薫りに誘われ、混んだ店に入って焼いてもらうためのソーセージを選ぶ日本では見たことがないたくさんの種類があるので迷うわ迷うどうしても1本に絞れず2本選んで焼いてもらい、ただただほおばるのみ。・・・美味い・・・パンもつけてくれたので、これらだけでけっこうお腹いっぱいになったよ。さすがにソーセージの国だと感心した・・・写真撮ってないのが唯一の悔いだね夕食の30分ほど前にホテルに戻りシャワーでサッパリ土ネギのスープだったっけな・・・メインは白身さかな?のフライシンプルだなぁデザートは・・・なんだろねぇこれ前回の1人旅でも食事後にデザートを色々食したけれど、ホイップクリームに関しては砂糖が入っていないので日本のような甘さがない。だから写真のデザートも見た目ほどは甘くないよ。ただし練乳は要らんわ・・・時差ボケというもののお世話になることもなく毎朝早起きしてお散歩の毎日明日起きた時には1時間お得していることになるのですよ #19 ディンケルスビュールへ つづく
バスで移動すること1時間、ローテンブルクに到着。古城街道では欠かすことのできない場所であり「中世の宝石」 と謳われる。正式名称は Rothenburg ob der Tauber元来の意味は「タウバー川を望むローテンブルク」ならしいローテンブルクでの宿泊は駅の真ん前のホテル・ローテンブルガーホフエントランスにはお花が家族経営のホテルらしいんだけど、チェックインしてる最中にもかかわらず何やら言い合いをしている。もちろんドイツ語なのでその内容は全く見当も付かんが、ガイドさんによるとこういうことはわりとあるそうな殺伐とした何とも言えない雰囲気の中、割り当てられた部屋の鍵を受け取る。この後は夕食の7時半までの6時間くらいが自由行動・・・こんな時に事前に調べをした人としていない人の差が出るのさと自嘲・・・なんせ突然思い立って参加したからほとんどというか、ほぼ下調べはしてない。最低でも行くべき場所・行きたい場所の予備知識は頭に入れておこうね (普通はするよな)ホテルから歩くこと数分で中世の街への入り口Rödertor レーダー門木の陰に隠れた高い塔がレーダー塔で、建設は13世紀だとかこの街は高層の建物がないから本当に空が広くて気持ちいいレーダー門を入ると、旧市街の中心にあるマルクト広場までは一本道その途中・・・あちこちにBMWが駐車してある・・・金持ち~~庶民にはムリだぁとか思いながらパチリ。しかし何度も言うように、ここの住人からしたら国産車でしかない。ところでこの写真の道はマルクト広場への一本道・レーダーガッセではなく、北へ向かう道のうちの1つレーダーガッセを歩くとやがてまたまた門が。マルクス塔( Markusturm )尤も時計の付いたアーチはレーダーボーゲン( Röderbogen )と言われるものであり、マルクス塔はその右横の高い方の建物です元々この塔に沿って城壁がつくられたんだそうで、その完成は12世紀の終わりころ・・・後の街の広がりにつれてこの塔は街の中ほどに位置するようになったのです横道を見ながらでもレーダー門から5分かかるかどうか左手にテディベアなどぬいぐるみのお店なのかな・・・マルクト広場に出てきました左側は市庁舎こちらが Ratstrinkstube ガイドブックでは市議宴会館などと表示されるMeistertrunk マイスタートゥルンクと言われる仕掛け時計になっており11時から15時のそれぞれジャストに、ジョッキを持った人物が現れてそれを飲み干すというものこれも伝説を基にしたもので、時は三十年戦争・・・この地を占領したティリー将軍により、街の偉いさん方が処刑されることになった。市民は許しを得ようと大きな杯にワインをなみなみと注いで持て成すが、将軍は「この酒を飲み干せる者はおらぬか・・・できたなら処刑は止めるとしよう」そこで登場したのがヌッシュ市長!!もうオチはわかるよね!?見事これを飲み干した市長のおかげで、処刑のみならず街の破壊も免れたのだそうな毎年5月には「マイスタートゥルンクの祭り」が行われていますちなみに飲み干した量はなんとなんと・・・ 3.25ℓ僕なら 0.25ℓ も飲めば夢の中だろうなきっと・・・ひょっとすると病院!?ジャストの時間が近づくとこの辺りが人集りになるしかし僕は仕掛け時計のことを知らなかったのであ~~る。(アホな話だ)市議宴会館の正面(南側)にある憩いの場そうそう、このまま右へ( さっきの市庁舎を右に見て )行くと、テディベアの専門店に行けます。上写真、その横の下り坂この道を下って行きます #18 ローテンブルク Nr.2 へ続く
はいマリエンベルク要塞に移動してきました。ツアー一行はおそらくバスでの移動だったのかな・・・ここまでの道のりは結構な勾配だそうで、おまけに道に迷ったとか分かりにくいという話があります。まあ要塞と言われているので当たり前かもしれません入り口付近いかにも古めかしい門がお出迎えシェレンベルク門入るとすぐに中庭右側の高い建物は Bergfried ベルクフリート塔、そしてその左側はマリエン教会中庭にあるこの2つの建物は見学自由。さらに城内にはマインフランケン博物館、領主館博物館がありますが、この2つは有料です。ベルクフリート塔高さは40m以上あるそうです中庭をスルーして領主庭園へ反対側に移動して・・・テラスなのでヴュルツブルクの街を一望できます斜面にはぶどう畑アルテ・マイン橋、マリエンカペレ、大聖堂、ノイミュンスター教会が一望できる京都もそうだけれど、歴史あるもの・・・言い換えるならば古いものを残していくのはそれはそれで大変なことだよね。早い話、お金がかかる。国宝、重要文化財は言うに及ばず。先日テレビで、ドイツの古城がわずか1ユーロで売りに出されているなんてのがありました。修復費用を捻出できない州、市が補修費を負担してくれることを条件に1ユーロで販売しているのです。ただしその補修費ははっきり言って億単位・・・金の使い道がない人の道楽ですよホント法律により、外装塗装などはできる限り建設当時の素材を使わねばならず、窓ガラス1枚ですら適当に交換することが許されません。文化財の保護は大切だけれど、ここまでいくと自分で自分の首を絞めることになるような気もする2012年の一人旅の時もそうだったけど、本当にあちこちで補修作業がなされてます。なので、どうしてもその場所に行きたいのならまだしも、単に観たいだけなら情報をチェックしてから行くことをお勧めします。行ってみると外観補修のための足場で何も見られないなんてことがあります。内部を見学した記憶が全くない・・・ちょっと寄っただけみたいな観光をして、ヴュルツブルク観光は終了!この地のブランドであるフランケンワインの素材であろうぶどう畑ヴュルツブルクからバスに乗って1時間ほど移動中なのだ次はローテンブルクを観光するらしいドイツ・ロマンティック街道の旅 #17ローテンブルクNr.1 へ つづく
午前9時、ツアー一行はホテルから徒歩で出発1人で散歩した時とはもちろん太陽の位置が違うアルテ・マイン橋からのマリエンベルク要塞・・・街の守護聖人キリアンとともにツアーだからゆっくり撮影などしてられないすごくきれいな景色なのになぁ もったいないなぁ~~朝の散歩で前を通り過ぎたなRathaus 市庁舎ですね朝に前を通った時には正直、薄汚い建物だねぇ なんて思った。今から思えば、その頃の僕はまだ単なるドイツ好きだったんだな。手前の女性はツアーのガイドさん・・・もちろんドイツ語ペラペラでかっこ良かったドイツで市庁舎、旧市庁舎と言えば Ratskellerラーツケラー ( レストラン )がつきもの概ね併設されてますし、地方料理が手頃な値段で食べられる。特にこのヴュルツブルクならフランケン料理&フランケンワインですねラーツケラーなら飲み物込み2,000 円 ほどでガッツリ満腹。日本のようなランチタイムってのがあるかどうかは知りませんが1,000 円でってのはなかったような・・・なんせ消費税は 19 % ・・・けっこう堪えるよ市庁舎前の広場 ( 市庁舎の南側 )俗に言うマルクト広場ではないようですが、市場が開かれてました。マルクト広場は市庁舎の北側にあり、そこにはマリエンカペレ ( マリア礼拝堂 ) があります。大聖堂 Dom聖キリアン大聖堂とも言われるドイツ・ロマネスク教会の代表格であり、大聖堂としてはドイツで4番目の規模だそうな。HPを見る限りでは入場無料、さらにその内部は白を基調とした美しさです。見所は何と言っても歴代の大司教墓碑です。建物を支える柱 ( 身廊 ) にある墓碑の中でも特にこの街出身であり、ドイツ人なら誰もが知ると言われる彫刻家リーメンシュナイダー制作のものが有名なのです。と言いつつも、我々は素通りだったとさ・・・誰かいる・・・何を見上げてるのやら何も知らずに夜に初めてここを通りかかったら跳び上がるだろうなぁ大聖堂の裏にまわってきた 北側だよなまあ大聖堂はその形が似たり寄ったりなんだけど、この姿をみて思い出すのが 2012 年の列車旅で立ち寄ったマインツの大聖堂です。マインツ大聖堂は荘厳だったなぁ。大聖堂を振り返りつつ歩くことほんの数分ヴュルツブルクの象徴Residenz Würzburg レジデンツナポレオン曰く 「 ヨーロッパで最も美しい司教館である 」それなのにめちゃくちゃ逆光でうまく撮れなかったここをきれいに撮るなら午後だな・・・残念建物前の駐車スペースにある噴水残念ながら逆光なので、レジデンツ側からねてっぺんで背中を向けてるお方はここフランケン地方の守護フランコニアさんそしてその下の3人で左にいるのが何回か出てきたリーメンシュナイダーです (多分・・・ )。大聖堂とレジデンツの距離はこんなもんバルタザール・ノイマン設計のレジデンツ、内部の撮影は禁止なので写真ありません。見所は玄関ホールの 「 階段の間 」 とその天井に広がるフレスコ画ですね。18世紀のイタリアを代表する画家ジャンバッティスタ・ティエポロの作で、何よりも凄いのが33m×18mの天井一枚画、世界一大きなフレスコ画とされています。ヨーロッパは別として、アメリカ大陸・アフリカ大陸・アジア大陸の様子が想像で描かれているのですさらに驚くのが天井を支える直接柱がないこと・・・これについての有名なエピソード支えの柱が何もないことから、やれ設計ミスだ、すぐに壊れるぞなど評価は散々しかし設計者ノイマンは「 下で大砲を打ち鳴らしても崩れることはない 」 と言い張りました。戦争を乗り越えて現存していることからも間違ってはいなかったのかなそうそう・・・このフレスコ画にはノイマン、また大砲に座るティエポロ自身をも描いていますゆっくり見学できるなら探して見て下さい。ガイドさんの説明に耳を傾けながらおよそ1時間の館内観光その後、別入り口からすぐお隣のホーフ庭園を自由行動ここからはレジデンツの庭園をサラッとねレジデンツを正面に見る位置にベンチが並ぶ左奥にはマリエンベルク要塞が浮かんで見えるよ。天空の城のように・・・2時間ほどのレジデンツ観光を終えて、お次はあのマリエンベルク要塞へ #16ヴュルツブルク Nr.3 へ つづく
前日早寝したので、少々早めに目が覚めた。本日は9時からヴュルツブルクの観光を3時間弱、そのあとローテンブルクへ移動します。清々しい朝です・・・まだ誰もいないけどバイキング形式なので朝食を済ませる出発までまだまだ時間ありますから部屋にこもるなんてもったいないよねということで・・・お散歩だ宿泊したホテルのすぐ前にはマイン川が流れている川沿いの遊歩道を散歩することにしよう対岸に遊覧船が2隻停泊しているのが見える奥に見える尖塔は聖ゲルトラウト教会と思われます。階段をおりて・・・飼い主のまわりをまわりながら嬉しそうにワンちゃんがお散歩してる結構いい色に紅葉しているね 落ち葉もいっぱい奥にみえるのはアルテ・マイン橋 Alte Mainbrücke橋の欄干に12もの聖人の像が建っているのですが、ここからでもそれが見えますね。朝焼けの空Alter Kranen 古いクレーンが見えますが、あれは18世紀の終わり頃から船の積み荷の荷揚げに使用されていたそうです。すぐ横の建物は現在レストランマイン川の左岸を南下しながらアルテ・マイン橋まで歩いてきました遊歩道をブラブラしてアルテ・マイン橋の左端街はまだ寝ていますね すれ違う人もほとんどおらず閑かちょうど向かい側から太陽が顔を出す。 眩しい~~左右に6像ずつ、12の聖人像が並びますそして橋の突き当たりに見える2つの塔は聖キリアン大聖堂このお方は聖ブルカート ・・・端正なお顔立ち聖ネポムクたまたま棒のように見えてますが、右手に持っているのは実は十字架です。そして後ほど訪れるお城Festung Marienberg マリエンベルク要塞お城の左下、マイン川沿いにみえるのが聖ブルカート教会この街で最古の教会だそうです橋を渡って・・・道の突き当たりが先ほどの大聖堂手前に見える時計のある建物は市庁舎適当に歩き回っていたら目に付く教会Würzburger Neumünsterkirche ノイミュンスター教会この街・ヴュルツブルクもやはり空爆によって破壊された建物が多く、後に再建というパターン。1950年に再建されたこの教会はもともと11世紀、旧大聖堂の跡地に建設されました。内部の丸天井にはフレスコ画、またリーメンシュナイダーによる聖キリアンの彫像、そして地下には聖キリアンの霊廟があります。もう少し奥へ行こうかと思ったが、ツアーのホテル出発時刻までに戻らないとね。どうせまたこの辺に来るだろうし・・・ #15 ヴュルツブルク Nr.2 へ つづく
カイザーブルクを出て歩くことほんのちょっと・・・デューラー広場に出て来ましたしっかりデューラーさんのお家って書いてあるでしょ・・・アルブレヒト・デューラーさんは、ニュルンベルクで生まれ育った画家さんです。世間的にこの方が有名なのかどうかは分かりません。 なんせ芸術には疎いもんで・・・デューラーハウスの前にあるカフェオープンカフェだとちょっと傾いて飲むことになるようだそのすぐ横にあるなんとも不気味な・・・デューラーさんというお方はたくさんの自らの肖像画、祭壇画として有名な 『東方三博士の礼拝』 といった宗教画のほか『野ウサギ』 という作品もありまして、この像はそれをモチーフにどなたかが作成したもの。同行したツアーの女性陣などは「なにこの気持ち悪いのん」と容赦ない。まあ正直言って全く可愛くない・・・なんだかなあ芸術はムズTiergärtnertor ティアゲルトナー塔ウサギ像は観光客の目にはやはり奇妙にうつる (交通標識の下にみえる塊)移動途中、どこかにあったデューラー像デューラー広場から南東方向に道を進むと通りを遮るように建つ教会聖ゼバルドゥス教会その教会の左側をさらに南下するとやがて大きな広場に出て来ますフラオエン教会がある中央広場・・・正式には Christkindlesmarkt クリストキントルスマルクトクリストキントとは幼いキリストの意。クリスマスのシンボルなんですよ何を隠そうここがドイツで・・・いやヨーロッパでも有名なニュルンベルク・クリスマスマーケットの会場今年も 11月 25 日から 12月 24 日まで開催されます。詳しくは上記赤字をクリック!! 日本語でも見られますよフラオエン教会 (聖母教会)例によって仕掛け時計があり、この教会に関係の深いカール4世と選帝侯が動きますよ広場の北西角にある金ぴかの塔 Schöner Brunnen 美しの泉階段の男性が手を伸ばして何かしてるでしょう・・・実は周りを囲む鉄柵に金色の輪がはめ込まれているんです。アップにしてみましょうどこかわかりますか・・・分かりますよねさらにアップ!!継ぎ目がなく、どうやって入れたのか・・・?? そんなことはどうでもいいか実はこの輪を3回まわしながら願い事をし、それを誰にも口外しなければその願い事が叶う・・・のだそうです。 ( ̄▽ ̄)しか~~し・・・こちらのはダミーというか観光客用のキレイなやつホンマもんというかダミーでないのはこの裏側にあるそうな・・・もっとはよ言うてくれまあ両方やれば確実!?僕もやったような記憶が有りや無しや ましてやどんな願い事をしたかなんて・・・全く・・・広場から南へ・・・ペグニッツ川にかかる橋の手前にスタバ牛の石像が歩く者を見届ける ( 見下ろす?)ガイドさんによるとここはむかし、お肉屋さんだったそうですその名残なのか、肉屋がなくなるので造ったものなのか・・・忘れてしまったで、この先の橋は Fleischbrücke と名付けられている。Fleisch とはずばり 「肉」フラオエン教会のある広場からそのフライシュ橋を渡り左(東側)を見ると・・・HeiligGeist Spital ハイリヒ・ガイスト・シュピタル直訳すると、神聖な(聖なる)霊(魂、精神)の病院というおどろおどろしいことになる一般には聖養老院とか聖霊院、あるいはwikiペディアでは聖霊施療院などと呼ばれるもっとも現在はレストラン、ワインバーのようですすぐ近くにはおもちゃ博物館や聖ローレンツ教会など見所満載! 歴史好きなら中央駅から地下鉄に乗ればニュルンベルク裁判が行われたフュルト地方裁判所などもあります。1日あれば主要な観光は出来るでしょうが、カフェやご飯などゆっくりはキツイかな・・・そんなこんなでニュルンベルクの観光も慌ただしく終わりですその日のうちにバスにて次の目的地へ移動です次なる観光地はヴュルツブルクヴュルツブルクの宿泊地に到着ホテルはどこにでもあるメルキュールホテルでした歩き回って汗をかいたので部屋に入るなりシャワータイム夕食の時間が迫っているのでゆっくり汗を流したかったが、そうもいかず。お腹すいた~~いつものようにまずスープからそしてメイン最後にデザートプリンだったのかな? なんだったっけこの数日の食事・・・この頃には我が身はすでにあっさりしたものを欲していた食事が不味いわけではないんですよ、普通に美味しい(念のため)・・・和食が食べたくなっただけ。2 度目にドイツを訪れた時もそうだったんですが、 3 日目くらいからもう和食が恋しくなるただソーセージだけはやはりこっちの方が美味い。日本でもお土産用のニュルンベルガーソーセージが手に入りますが、あれを本場と思われたら悲しいねあれは腐敗防止のためなのか塩分がひどいまあでもこの時の正直な気持ちは、白米食べたい!! 煎茶飲みたい!!夕食が終わると、すぐに眠たくなってきたお休みなさい #14ヴュルツブルクNr.1 へ 続く
どこをどう通ったのか記憶はありませんが、これから行く場所は中世職人広場から北へ直線距離にしておよそ 1 km ほどなので、ぶらぶら旧市街を散策しても時間はかかりません。と言いつつ、我々はバスにて移動 ...街中にはドイツ高級車がたくさん走っている。 まあそりゃそうだドイツ人にとっては単なる国産車であって何のことはないこちらはペグニッツ川 ( Pegnitz ) にかかる橋ヘンカーシュテク Henkerstegペグニッツ川には名の知れた橋がいくつかあってこれはその 1 つ写真の左側にヘンカーハウス Henkerhaus と呼ばれる建物があり、それに通ずる橋で直訳すると「絞首刑執行人の小さな橋」、一般に「首つり役人の小橋」と呼ばれる。1 筋西側にかかるマックス橋からの景観とこの名が全く結びつきませんよ。目的のお城が見えてきました。 しかしここはお城そのものよりもその眺望の良さが印象に深い。バスをおりて入り口に向かうニュルンベルク城詳しくはリンク先やガイドブックを参照して下さい。上記 HP によると・・・現在はコンビチケット ( 要するに全部見られる ) が 7 ユーロとなってます。城内をえっちらおっちら・・・ 意外に勾配が急ですよテレビ局かなんかが取材中まだ途中ですが、この辺りでももう目前を遮る建物はない高さはこんなもんですこのニュルンベルク城から見渡せる旧市街、特に 1930 年代のナチス政権下においてはドイツを象徴する都市となりました。まあ悪い意味でね。ナチス政権の初めての党大会が開催されたのがこのニュルンベルク。旧市街を取り囲む城壁は全長 5 km ほどあるそうですが、ナチスのお膝元だからこそ連合国軍の爆撃で旧市街は壊滅状態となりました。勾配は急ですが、登る距離は大したことなかったかな。 ただしやはり靴に関してはヒールは低い方が良い・・・ 特にニュルンベルクは坂の多い街ですからね。どんどん城内の中央へ進んで行きますこちらはいわゆる中庭です階段を上がって内部の見学ですが・・・いきなり真っ暗な写真・・・ それなりに明るかったような・・・Doppelkapelle ドッペルカペレ礼拝堂ですね。 ドッペルは英語だとダブルになるのかなあのドッペルゲンガーのドッペルです。早い話、二重構造の礼拝堂になっていてここはその2階部分正面にはキリスト像下の階にも礼拝堂がありますが、行けないそうな。さて大広間に入って・・・ここはかつて国会が開かれた場所写真の肖像画の奥側・・・皇帝レオポルト1世実はだまし絵になっていて、どこから見ても右足のつま先が見た者の方へ向くという仕掛けピンぼけ~~その正体はストーブだったかな最後はあちらの塔 Sinwellturm内部には井戸があり、ここはツアーガイドなしでは入れない場所なんです。 (多分)その井戸・・・ 深さが 50 ~ 60 m あるとのことガイドさんが実際にコップ一杯のお水を落とすんですが、約 5 、6 秒後にその音を確認できるのでまあそんなもんかなぁ。城内の観光はこれにて終わりほんとにドイツの街はそこかしこにお花が飾ってあってふんわりとした気持ちになるね城の周りの散歩道?カイザーブルクを出てニュルンベルクの街中へニュルンベルクって「岩山」という意味なんですが、この城を見ると何となくそんな気も。 #13ニュルンベルク Nr.3へ つづく
Herzlich Willkommen !!また相当な間があいてしまいました。さてさっそく・・・バスで移動すること約 4 時間、たどり着いたのはニュルンベルクなる街到着した時点ですでに正午をまわっていたのかなこちら ニュルンベルク中央駅 Nürnberg Hbf列車移動だと、フランクフルトから ICE で約 2 時間、ベルリンからだと約 5 時間です。そして中央駅の前に広がるのが 「 中世職人広場 」門に掲げられたエンブレムオープン時間が書かれていますが、これはあくまでも 2008 年当時のものです広場内には木組みのお家が建ち並んでおり、お土産品が多数あります。広場と言ってもこぢんまりとしているので、矯めつ眇めつしない限りは30 分もあればぐるりと回れると思います。中世職人広場とは言え当時のままではなく再現されたもの実際に職人さんの手仕事を目の当たりにすることもできるようですが、僕の記憶にはなかったりする。それはさておき、時間も時間だから予約されていた広場内のお店へ情けないはなし自分で手配してないので店名とかは全く覚えてませんまず前菜同時にパンもねもちろんこれは 1 人分じゃないですよそしてメインのニュルンベルガーソーセージこちらはこれで 1 人分ですその上のはザワークラウト・・・キャベツを塩漬けして乳酸発酵させたものこれは好き嫌いがはっきりする味でしょう地域によって結構味が違ったりしますが、知らずに口にするとびっくり !京都の人なら 「 すぐき漬け 」 を想像してみて下さいなデザートはアップルパイ !?デザートなのにデカい !パンとソーセージでお腹いっぱいになってて女性陣はお手上げ僕は食べましたが、もう味なんて分からん・・・これね 中身がしっかりと詰まってたお土産やさんとかこの広場、今年は 3 月 5 日からオープンされているみたいですよ。ニュルンベルク中央駅の目の前だし、ちょっと寄ってみると楽しいかも。広場内のトイレッテンそうトイレです文字部分のとこをアップにしてみましたドアの取っ手のとこに 0.50 と書かれているのが見えるかな・・・お店のお客さん用のトイレですが、しっかり有料です。それはさておき、緑のプレートに Damen / Herren と書かれてますよねもしもドアに D あるいは H としか表示がない場合、Dが女性、Hが男性なのでお間違いなきように。たいていの場合、男女のイラストがあるとは思いますが。食事をしてから広場内のお店を見て回り、やがて移動の時間再びバスに揺られて中世職人広場から 15 分ほどのお城へ向かいます #12 ニュルンベルク Nr.2 へ つづく
Herzlich Willkommen !ゲートを通ってとある建物に入りましたこちらは入って左手 ( 南側 ) です。南北に対称のこの建物Dresdner Zwinger ツヴィンガー宮殿中庭には庭園 ? が施されており、芝生好きな僕は芝生を見ると触らずにはいられない。青い空と緑の芝生、最高の舞台ですね。すぐ左のドームに目を移すと何やら人集りが・・・誰かの話によると、どうやらメルケルなる人が訪問しておるそうなそうです シュレーダーさんの後を受けて 2005 年、ドイツ初の女性首相となったお方で今やヨーロッパをしょって立つ存在まあでもどう目をこらしてみてもその姿は見えない来ているという話も本当のことかどうかは定かではない宮殿中央に噴水さてこのツヴィンガー宮殿の完成は 18 世紀のはじめで、建設したのはあのゼンパーオパー・ドレスデンの前にあった像のお方 ・・・ アウグスト強王と言われるフリードリヒ・アウグスト1世です。宮殿内には3つの有料博物館 ( 展示室 ) があり、そのうちの1つアルテマイスター絵画館ではラファエロの 「 システィーナのマドンナ 」 をはじめフェルメール、レンブラントなどの絵画を鑑賞できます。その他、アウグスト1世がコレクションした日本や中国の陶磁器を見ることができます。僕たちツアー一行が入場したかどうかの記憶がないが、出てきた時には1時間半ほど経過していた太陽はすっかり傾げたようだレジデンツ・シュロス と カトリック宮廷教会 ( 左 )ゼンパーオパー・ドレスデン と ツヴィンガー宮殿 ( 左 )ドレスデン観光を終えてバスでホテルへ時刻は夕方6時半ころすっかり夕焼け空夕食は1時間後らしいので、その間にシャワーを浴びた。夜の散歩をしようとしたんだけど、暗すぎて危なそうなので止めたよ。夜の7時半ころからホテル内にてディナーどれもこれもピンぼけでお許しを (_ _)メニューの説明をしてもらった記憶はあるけっこうクリームたっぷりのデザートブルーベリーソースだよね、これ・・・ 甘かったよ夕食を終えて散歩でもしようと思ったけど、先ほど書いた通り明かりがない結局のところ、早々に寝てしまったのかなそうしてドイツツアー4日目の朝を迎えましたホテルの窓、カーテンを開けると日の出が見えていたホテルを出て見上げると薄っぺらいお月さんがいたすぐに明るくなってきて眩しいこちらが今回のドレスデンでの宿泊ホテルドレスデン・ケッセルドルフ辺鄙な場所にあるホテルなのか、朝の7時頃だけど誰もいない周りには何もないのさ辺りの草木には霜が降りてるドイツってのは南へと下がるに従ってより寒いそうなというのも、ドイツの南にはアルプスがあるからだとかつまり南下するにつれて標高が高くなっていくからだねこの日は 10月24日の金曜日 あと数日で冬時間に突入しますヨーロッパの場合、確か10月の最終日曜日に1時間プラスされます詰まるところ、10月から11月にかけて旅行すると1時間のお得 ?ちなみに夏時間に切り替わるのは3月の最終日曜日です。朝は手袋をしないと手が悴んでカメラを持つ手が震えた記憶がある足下とかとても寒そうでしょう ?朝食の時間が近づいたのでホテルに戻るすでに出発の準備は万端。朝食をとり荷物をバスに預けて乗り込む前に1枚お見送りの看板 「 またね 」すでにアウトバーン これから約4時間の移動次に訪れるのは、おもちゃの街として有名なニュルンベルクです。今日も良いお天気だね まぶしい~~ #11 ニュルンベルク へ つづく
Herzlich Willkommen ! ようこそ引き続きドレスデンの街です間もなくクリスマスマーケットが始まりますねドイツ語では Weihnachtsmarkt ヴァイナハツマルクトここドレスデンのクリスマスマーケットは、今年で 581 回目を迎える Striezelmarktシュトリーツェルマルクトが有名で大変きれいです今では百貨店などで簡単に手に入るようになったシュトレンはドレスデンが本場そして赤ワインにスパイスを加えて温めたグリューワイン、ドレスデンではその白ワイン版があるそうです。グリルされたばかりのソーセージとグリューワインの組み合わせ・・・よだれが出るわ広場に向かって歩いているところでしたね君主の行列の前を通り過ぎ、ツアコンを追って石畳を歩く。例の陶板をゆっくり見ていたので皆さんは写真には写っていないね。広場に出てきたら銅像が立ってるしかしその横にある建物の美しさときたらもう ーお天気に恵まれて美しいFrauenkirche Dresden フラオエン教会 ( ドレスデン )日本語にするならば「聖母教会」ドイツのあちこちにあるフラオエン教会の中でも最も美しい教会の 1 つだと思います。しかしこの教会の完成は 2005 年のこと・・・そうつい最近のことですが・・・実はこの教会、ドレスデン爆撃から 2 日後の 1945 年 2 月 15 日、ほんの一部の外壁を残すのみで崩壊してしまいました。終戦直後から再建の気運はありましが、時代の流れなどもあり結局再建の開始は1993 年に入ってからのこと。10 年余りの歳月をかけ見事に再建されました。教会の前にあるさっきの像マルティン・ルター さんです宗教改革の中心人物であり 『 95 ヶ条の論題 』 で知られるお方そもそもアルブレヒトなる人物が免罪符または贖宥状と呼ばれるものを発行し、これを買うだけで 「 罪の償いができる 」 と売り出したのですが、これに対してルターが一言物申したのです。ラテン語で書かれたこの書簡がドイツ語に翻訳されるや殊のほか大問題となり、後の宗教改革へとつながった・・・・・・ ってことでしたよね ?街にそぐわない色に思えるんですがその前を観光馬車が行く日差しがきつくて背景がとんでるそれにしても両馬とも筋肉隆々だな広場から少し歩くとこんな景色ドレスデンとくればここも外せない場所、エルベ川を見渡せる広場であり、ドイツの詩人で文豪のゲーテが 「 ヨーロッパのバルコニー 」 と称した、「 ブリュールのテラス 」 からの眺めです。遊覧船も周遊しているので時間に余裕のある方は是非遊覧船の詳しい情報はこちら → 英語版それにしてもブリュールのテラス自体の写真を撮り忘れてますね夕焼けっぽく見えるけど、時刻はまだ 16 時前遊覧をすることもなかった僕たちツアー一行は・・・先ほど通った道とは別の道で広場へと戻る途中、真っ黒な渡り廊下の下をくぐったなぜに真っ黒なのか、じっくり眺めながら歩いた記憶があるなあ。まあ特に重要な建物でもない ? ので流して下さいなそうして戻って来たのがこちらの立派な建物前回に出てきた、ゼンパーオパー・ドレスデンのすぐ隣にある建物ですそれにしても本当にどこもかしこもデカい建物だわ一眼レフとは言えレンズを選ばないと建物が入りきらないこのツアーの 4 年後にひとり旅で訪れたケルン大聖堂やハンブルクの市庁舎などは普通のレンズではとてもじゃないが収まらなかった。景色を撮りたいなら重たい思いをしてでも数本のレンズを用意した方がいいね。お邪魔しま~す実はこの写真は出てきた時に撮ったものなので、空はもう夕焼けの影響を受けています。中庭などの写真はまた次回に・・・ #10 ドレスデン Nr.3 へ つづく
さあドレスデンに到着しましたちょっとした通りでバスを降り、ツヴィンガー宮殿の北側にある庭園を歩く。庭園というより憩いの公園という方がピッタリかな紅葉しかかった木々が周りを囲む池の中に噴水その噴水の向こうに見えるのが後ほど訪れるツヴィンガー宮殿歩を進めると見えてきたのが、教会 ?ここにもカモちゃんが泳ぐお前は幸せ者だねぇ こんな景色の中で水遊びなんてな紅葉もきれいだけれど紅葉直前のこういう色もいいね。ただしドイツでは真っ赤にはならないみたいせいぜい芝生に落ちている程度宮殿の庭を通り抜けて目の前に古びたレンガ造りの建物がゼンパーオパーの外壁ですそのゼンパーオパーの正面にあるテアタープラッツ ( 広場 ) が見えてきた先ほど教会 ? と紹介した建物は・・・ ResidenzschlossResidenzschloss 英語では Royal Palace と表記されていますそもそも Schloss とあるので、居城なのですね。また Residenz というのはドイツでは結構あります。日本語だと宮殿とか邸宅と訳されますね。実際、レジデンツと名の付く建物はとても立派で目を見張るものが多い。この建物の中には 「 緑の丸天井 」 と呼ばれる空間があり、そこは美術品や装飾品が飾られた展示室となっています。そのお隣・・・こちらはKatholische Hofkirche一般的には、ドレスデン・カトリック大聖堂あるいはカトリック宮廷教会などと紹介されています。テアタープラッツの真ん中に立ってみた一台の車が・・・ あれはドイツのパトカー グリーンなんです広場の北側に建つゼンパーオパーSemperoper Dresden ゼンパーオパー・ドレスデンザクセン州の州都であるドレスデンの州立オペラ劇場です。この劇場の専属オーケストラであるシュターツカペレ・ドレスデンは大変有名なのです。 1548 年に創設された世界最古のオケの 1 つであり、かのヴェーバーやヴァーグナーもこの音楽監督に名を連ねているほど。特にヴェーバー ( 日本ではウェーバーと呼ばれるのが一般的 ) さんはわずか 31 歳で音楽監督になった才能の持ち主です。代表作の 『 魔弾の射手 』 はドイツ・オペラの傑作。オペラ劇場のある広場の真ん中にある像ヨハンって書いてある次の目的地に歩いていく途中観光の馬車に追い越されたドレスデン宮廷教会の向かって左側 ( 北側 )アウグストゥス通りにあるドレスデン名物「 君主の行列 」 と題された壁画・・・と言っても2 万枚以上のマイセン陶磁器タイルを使って制作されたもので100 m 以上の長さがあります。何が描かれているかというとザクセンの歴代選帝侯および国王 35 人が行進している様子通りにある壁画なので見学はもちろん無料じっくりと見ながら歩いていたらツアーの人らにほっといていかれた\(◎o◎)/!いやいや、ツアーの人たちが悪いわけではありませんよ。限られた時間で次々と回らねばならないので忙しいのですやはり旅の前には下調べが必要です石畳を歩いていると笑顔になるね君主の行列を見て少し歩くと見えてくるのが・・・ドレスデンを代表する外せない建物の 1 つですよ #9 ドレスデン Nr.2 へ つづく
工房見学の部屋から出てきたら、ショップまでの間にも商品が展示されてた・・・ような記憶がある ( すでに 7 年も前の話 )。東洋的な絵柄もありますね展示品かと思っていたら値段も提示されていましたよちなみに 1 ユーロ = 125 円くらいでしたどうでもいい話なんですが、旅行出発の前日くらいに銀行でユーロを交換してもらいました。その時点では手数料込みで 1 ユーロが 140 円くらいだったのにドイツに行って数日で 120 円にまでの急な円高・・・何があったのか知らんが数日ずれてくれてたらもうちょっと小銭になったはずだ。脱線した (_ _)贈答品にいかが ?このあたりの数点は贈り物にどうぞっていう商品これくらいならまだまだ妥当と言うかお手頃なお値段・・・かな ?このあたりになるともう・・・やっぱり飾っておくものなのかな・・・6 客セットこんなので飲むとより良いティータイムが楽しめそうこちらはもう手が届かないヨーロッパらしい調度品でしてお値段の方もこれまた思わず二度見した陶板東洋というか和ですねちょっとした大作最後はいわゆる B 級品当時はまだドイツ語・英語・日本語の表記 今なら・・・ただ B 級品にしてこのお値段ってどうなのマイセンならではの図柄マイセン工房見学 & ショップでの滞在時間は 90 分程度短時間であちこち撮影しながら、お土産にと品定めもしていましたが残念ながら個人的に気に入った物がなかった。さてお昼マイセンの前の建物 何の建物か分かりませんが感じが良かった昼食は歩いて数分の所だったが・・・この建物だったかどうかの記憶はないが、見るからにレストランっていう感じの建物でなかったのは記憶にあるまずは前菜のスープ豆のスープだったような・・・メインはお肉手前にあるのはザワークラウトのようなもの酸味がすごくて食べきれなかったですデザートはチョコムースメインとは打って変わって甘い・・・いや甘すぎる「 美味しかったですか ? 」 と笑顔のスタッフには悪いけど、正直ダメかな嗚呼、正直に言いすぎた。僕の口には合いませんでした。昼食後、再びバスに乗って 40 分ほど移動ですほんとにこの辺りは民家がほとんどなく、広大な畑が広がるのみ放牧されている馬たちものんびりなんでもない景色なんだけれど、なんだか落ち着くどこからかまたアウトバーンにのっていたドイツのアウトバーンは基本的には速度無制限となってはいますが、現在では速度制限区間が増加しており、無制限区間はおよそ 50 % 程度となっているようです。BMW や AUDI といったドイツ車が、 100 Km / h で走る僕らが乗るバスを並ぶ間もなく軽々とパスしていくのを見てドイツを実感した。せっかくなので・・・ BMW が略語なのは想像に難くない実際に Bayerische Motoren Werke の頭文字をとったものWerke とは製作所、工場、作品などの意味があります。さらに AUDI ですが、こちらは略語ではありません。創業者が、アウグスト・ホルヒ ( August Horch )という名前でしてこの Horch には 「 聞け! 」 という意味があります。彼はその同じ意味のラテン語である Audi を社名にしました。なお Audi はオーディオの語源なのだそう。さあ標識に出てきました次なる目的地のドレスデンまであと 1 Km #8 ドレスデン へ つづく
マイセンのサイト → 日本語サイト 、 ドイツ語その他 マイセンショップも併設される工房へと案内されました作成工程の見学部屋へ入り、最初に拝見するのはティーカップこうして出来上がったのが右下にあるカップこんな感じですってな穏やかな表情も束の間丸められた土で何やら作成する表情は真剣こうしてわずかな時間で出来上がったのがこちらカップと天使のお顔体格と釣り合わぬ細かい技 お見事でしたさあ お次の工程へどうぞ~さてお次は細かい装飾を施す工程写真 1 枚では分かりづらいですよねでも下の方にちょこっと写ってますこんな作業をしておられました細かい花びらを何枚ものせておられたんですな慣れた手つきで適切に配置なさってましたバラを形作る芸術的な才能を持ち合わせない僕には感嘆しかないなカメラを向けると笑顔を返して下さった次はこちら 絵付けです下書きされた絵に色をつけていく工程手前に並んでいるのが完成品どの工程も職人さんがすると簡単に見えるんですよねまた簡単そうに見えてこそ職人さんなのでしょうねぇ完成品ではなく、作成手順が並んでいます。こちらはカラフルな絵付けがされる切り欠き装飾いつも思うのは、こういうタイプのプレートって何をのせるの ?左から右へと洋の東西を問わず、焼き物って奥が深いこのマイセンも元々は中国や日本の伊万里焼の影響を受けているそうで何とはなしに懐かしい印象を受けるのも気のせいではないようこれだけ抜いていく作業するのも大変だろうなぁこれって実際に使うのかな ? それとも飾っておくのかな端っこを持ったらパリッっといってしまいそうな・・・こんな感じですぐに終了この後はマイセンお買い物タイムがもうけられてましたあれこれ見て回り製品写真も撮りましたので、次回はそれをそれにしても見事な手抜きブログだぁ #6 マイセン Nr.3 へ つづく
時差ボケの影響など皆無。昨晩もぐっすり眠れ、朝早く目が覚めたのでホテルの周りを散歩ドイツ 3 日目、 2008 年 10 月 23 日木曜日・・・10 月下旬のドイツ、早朝は肌寒いですね。散歩をしていると吐く息は白い。おそらく 5 ℃もなさそう 道ばたの花の葉っぱにはまだ霜がぎっしり寒がりの人は薄手のダウンが必要かもしれません。ツアコンさんから事前に薄手のダウンを持ってくれば安心ですよって言われて持って来ましたが、単なる荷物と化しました( あくまでも個人的感想 )。朝食を済ませ、 8 時頃にホテルを出発して向かうはマイセンの工房目的地まではバスで 3 時間の移動だそうです 大変だこりゃあ8 時過ぎ、すでにアウトバーンに入って、その時の日の出ですよめっちゃくちゃ眩しいんだけど、すごくビューティフ~~ ドイツ語だと Sehr schönこの日を境にドイツの印象がモノクロからカラーに変わった。朝焼けの空はオレンジ色というかピンク色ドイツ 1 人旅の時もそうだったけれど、 9 、10 月になると朝には霧がすごいひたすらドイツ高速道をバスがはしるほんの数分で太陽がこんなに上がってきて、辺りが急激に明るくなってきた。それにしても太陽がデカい・・・ もちろん緯度の関係もある。ドイツは北海道の最北端よりも北に位置している辺りが完全に明るくなった目に飛び込んでくるのはどこまでも続くはたけこの辺りはドイツの主食ジャガイモかなこういう景色が大好きドイツなので右側通行、慣れなくてすごい違和感やがて市街地に入ってきたみたい道路標識に目的地名が出てきましたと思ったらマイセンまで 11 Km ・・・ はい ようやく到着~~漠然と工房って聞いていたので建物の前に来てもピンと来なかったこんな建物だと想像してなかったから・・・これ見てマイセンに来たと実感正直に言うと、マイセンという名前しか知らない。この 2 つの剣が交叉したのがシンボルであることは誰もが知るところ マイセン工房内部はとても明るくて少々眩しいくらいもちろんマイセンの品々が並んでおられましたとさあ ! ジャーマンレイルパスの旅ではないですが、列車移動するなら・・・概ねここを訪れるならドレスデンとセットでしょうドレスデン中央駅からマイセン・トリービシュタル駅まで乗車 → DB のHP Dresden Hbf → Meißen Triebischtal S バーンで約 40 分ちなみにベルリン中央駅からだと 3 時間強、 1 回ないし 2 回の乗り換えが必要です。工房までは駅から歩いて 5 ~ 10 分ほど。さてお次は作成工程を見学させてもらいましょう。 #6 マイセン Nr.2 へ つづく
ツェツィリエンホーフ宮殿を出てランチ、そのあと再びバスに乗り到着したのがここBrandenburger Tor ブランデンブルク門言わずと知れたベルリンのシンボルであり、パリ広場に建つこの門はヴィルヘルム 2 世の命により、3 年の歳月をかけて 1791 年に完成しました。左右 6 本ずつ合計 12 本のドーリア式円柱から成るなお 2000 年の 12 月から 600 万ユーロをかけて改修されましたここパリ広場に建つこの門、25 年ほど前ならギャラリーのあたりに壁がありましたそして僕が今立っているのは旧西ドイツだった場所ですブランデンブルク門が建設される 100 年ほど前のベルリンは星のような形をした城壁に囲まれた街でした。1730 年頃にはその壁に 18 もの門が造られ、ブランデンブルク門の前身である門もその 1 つでした。門の上には女神ヴィクトリアQuadriga ( クアドリガ )と呼ばれる 4 頭の馬車には、古代ローマ神話に登場する「 勝利の女神 = ヴィクトリア 」がいます。滞在時間はほんのわずか・・・ またまたバスに乗り次へあ、そうそう このパリ広場、ほぼ全員が観光客と言ってもいいでしょうなので物乞いが多かったしスリも混じっています ( 2008 年当時 )彼らはけっこうしつこく付いてきます。後の 1 人旅でもしっかりと経験しましたよ。もし 1 人旅をするなら・・・ そしてそんな事になったら、容赦なくはっきりと「 Go away 」 とでも言いましょうね 何度もね。どう通ったのか記憶にありませんが、門の裏側を通ってますね道中きれいな芝生の向こうにドームがある建物ドイツ語では Reichstagsgebäude とあります直訳すれば、国会議事堂の建物 です。そんなこんなで次にバスを降りたのがここBerlinerMauer ベルリンの壁 高さは 3.6 m当時は命をかけてこれを越えようとしたんですよね遠くから見ているとなんとかすれば乗り越えられそうな気もしたけどすぐ近くまで来ると、とてもじゃないが・・・足下かつて壁があったところには、こうしたプレートが延々とプレートにもあるように壁が築かれ始めたのは 1961 年 8 月 13 日のことなぜ建設されることになったのか ?それはもちろん東ドイツ国民が西ドイツへ流れるのを防ぐためややこしいのは、この壁は東ドイツと西ドイツを隔てるためのものではないこと。そもそも米英仏とソ連がドイツのみならずベルリンという 1 つの都市までをも分割統治しようとしたのですね。結果、ベルリンが東西に分割されたのです。ベルリンという都市は東ドイツだったため、米英仏が統治することとなった西ベルリンは東ドイツの中にある西ドイツの飛び地と化したのです。ドイツが東西に分割されると当然に往来の規制がなされましたが、東ベルリンから西ベルリンへは比較的往来が自由だったため、東ドイツ国民が東ベルリン経由で西ベルリンへと流入しだしました。その数が尋常ではなかったので、このままでは東ドイツから国民がいなくなると考えた東ドイツ首脳やソ連が、その往来を完全に遮断しようとしたのです。こうして西ベルリンをぐるりと囲むように建設された壁もいまや1989 年 11 月に破壊された壁この場所にある壁の裏には・・・この単語は訳しづらい・・・要は、ゲシュタポ = 「 ナチスの秘密国家警察 」が行った非道の数々を展示したもの実はゲシュタポというのは略語でして、Gestapo = Geheime Staatspolizeiこれは一部を展示したものでした ( 過去形 )現在はこれらを集めた立派な歴史資料館 ( 博物館 ? ) が建設されています2010 年だったかにオープンしたのかな・・・建物名は Dokumentationszentrum Topographie des Terrors通常、営業は 10 時~ 20 時、入場料はなんと無料再びバスに乗って次の目的地へ休憩だったのか、徒歩移動の途中なのか・・・訪れたのはこちらペルガモン博物館 Pergamonmuseum当時は改装中だったのか、建物があまり見えなかったような・・・もう 7 年も前のことなので記憶がねぇしかも 1 日でたくさんの場所を見て回って多少疲労感が出てたのか・・・内部ペルガモンの大祭壇と言われる階段からパチリなんで大祭壇を撮影してないんだろう ?興味のある方は検索して下さい → 英語版サイトちなみに・・・ サイトではチケットの予約受け付けがあります入場者数が多いので予約なしだと並ぶのを覚悟・・・らしいです。ペルガモン博物館を出て・・・行程表によると、ベルリン市内でフリータイムだったみたい全く記憶がないが、ショッピングでもしてたのかな・・・午後 7 時ころ集合して夕食へサケフライ だったかなデザート初海外旅行での初めてのディナー料理自体は普通に美味しかったけど、店の照明がぼんやりだった。欧米の店でのディナーってこんな雰囲気なのかと変な意味で感心・・・こんな感じで初日の観光が終了したのでした #5 焼き物のお店へ につづく
初ドイツっていうか初の海外旅行ってこともあるのか、実感もないままに1つ目のサンスーシ宮殿を後にして次に向かうのもまたまた宮殿です。目的の宮殿近くでバスを降り、宮殿の前までやってきましたよ ガイドさんによると、ドイツの紅葉はこの程度のもんらしいです。本日2つ目の訪問先がこちらSchloss Cecilienhof ツェツィリエンホーフ宮殿・・・ 宮殿 ? これが ? って感じでしょ見た目はともかく、実は歴史に名を残す“超”が付く有名な建物なのです。入場待ち ?観光客が多い場所では、入場チケットを買うとそれに入場時刻が記載されていたり、特に人が多い場所では電光掲示板の表示に従って入場します。ここはどうだったか覚えていません。何せツアー・・・個人でチケットを扱うことがあまりなかった気がする~オフィシャルサイトによると、宮殿の定休日は月曜日入場は大人 6 ユーロ、内部の撮影をしたい場合はプラス 3 ユーロただしフラッシュ撮影や三脚での撮影は禁止となっています。ドイツ語分かる方は → ツェツィリエンホーフ宮殿 オフィシャルサイト入場を待つ間は辺りをブラブラこの宮殿は、ホーエンツォレルン家のヴィルヘルム 2 世が家族のために1913 年から 1917 年にかけて建設しました。皇太子妃、つまり彼の妻の名がCecilie ツェツィリエなのです。中庭内部撮影ができなかった(下調べしてなくて詳細を知らなかった)ので1 時間ほどで内部見学終了だったかな・・・ところで内部ですが、1945 年当時のまま保存された部屋があります。この宮殿があるのは・・・ポツダム、そして 1945 年とくれば・・・1945 年 7 月から 8 月にかけて行われたポツダム会談、その場所がこのツェツィリエンホーフ宮殿なのです。1945 年 5 月、第 2 次世界大戦においてドイツが降伏文書に署名し、トルーマン米大統領、チャーチル英首相、スターリン・ソ連書記長がその戦後処理を決着させるため、 2 ヶ月後にこのポツダムに集まりました。ポツダム会談ではすでに勝ち目のない戦いを行う日本に対して無条件降伏を求めるポツダム宣言がなされたことは有名。ドイツなんかではよく見かけるデザイン どっかで見たことのあるよね?上写真の右側にあるひときわ明るい花何をデザインしているのかと全景を眺めてみる分かりづらいかな・・・星形に植えられた花は、実は今はもうないソ連の赤星章 ?ツアーで行くにしても、しっかり下調べしなきゃいけないと実感!と言うのも自分が今どこらへんにいるのかサッパリ分からん。ツェツィリエンホーフ宮殿を出て辺りを歩くとレストランと思しき建物ツェツィリエンホーフ宮殿はノイアーガルテンと言われる庭園の北の方ににポツンとあり、このレストランはさらにその北側にあるちなみに奥に見えるのは Jungfernsee ユンクフェアンという湖晴れていれば美しい景色なんでしょうが、曇天のせいで薄気味悪いこの時点でも僕の頭の中は「ドイツって暗い・・・なんだこの国・・・」再びバスに乗って次の場所へ移動 その道中ベルリン動物園のすぐ南にあるカイザー・ヴィルヘルム記念教会教会 HP によると、 1895 年 9 月に完成したこの教会は、その数年前に亡くなった皇帝ヴィルヘルム1世のために造られたもので、見ての通り、1943 年 11 月のベルリン空襲に遭い、現在は記念碑的な建物となっています。教会の機能はその隣に建設された新しい教会が担っています。その新しい教会とその内部 ※ この2枚は教会のHPより拝借市内の風景 途中で昼食場合によってはビールよりも水の方が高いのには驚いた何の知識もなくドイツに行くと、これは誰でも驚くと思う。食事を終えて再びバスにて移動ベルリン・アレクサンダー駅だと思います今さらながら地図をたどってみてもどこをどう通っているのやら ?そうしてやがて見えてきたのが・・・あの門とあの壁です ドイツ・ロマンティック街道の旅 #4 へ つづく
ロマンティック街道の旅、まずはベルリン・ポツダム。バスを降りてツアコンさんに付いて行った先は・・・Schloss Sanssouci サンスーシ宮殿入ってすぐの所は、半円形で北側が開いたランドルト環のようになっています。ランドルト環って、あの視力検査の輪っかのことねそれがこちら列柱廊と言われる造りこの建物の中には広くはありませんがお土産売り場がありますこの面は宮殿正面の真裏にあたるちょこっと開いた北側、向こうの方には何やら遺跡のような建物・・・あちらは Ruinenberg ルイーネンベルク直訳すると、「廃墟の山」とでもなるのかなとは言え、実際は廃墟風に建てられたものらしい。そういえば旧東ドイツの国歌が「廃墟からの復活」と題されるものだった。第 2 次世界大戦からの復活を歌ったものでしょうね当然ながらツアーという団体行動なので、近くまで行けるはずもなく・・・こうして遠くから眺めることしかできませんが、曇り方がひどくてよく見えない。建物の南側に移動別にこの通路を通り抜けるわけではありません。入ってすぐ左側 白い像のそばに石板があるこの宮殿を建てたフリードリヒ2世のものかなじゃがいもが供えてあるのがドイツらしい写真で見る宮殿がこちら南側に広がる庭園を見ながら・・・相当明るめに撮影したものが上写真この庭園はフランスのバロック様式の特徴を持つ少し明るめに撮影したものがこの2枚 (上写真よりは暗め) それでも結構などんより度 ・・・ 気持ちが上がって来ないよだから最初の数日間は、ドイツってグレーってイメージしかない目に見える景色がカラーじゃなかった。まあ季節的なこともあるのだろうけど。これも撮り比べ 左側は相当な明るめ 右側が少し明るめこの宮殿自体はロココ建築建物に名前が刻まれているでしょうSANS, SOUCI サン スーシサンスーシ宮殿 Schloss Sanssouci「サンスーシ」は「憂いなし」を意味するフランス語です 18 世紀なかば、プロイセン王国時代フリードリヒ2世が「夏の離宮」として建設を命じました。言わば別荘として建設したのに、後に彼はここを居城とします。それほどお気に入ったのでしょうね。まあ尤も自ら一部設計しているそうです。この建物の色合いは、後の 2012 年に1人旅で訪れたカッセル・オランジェリーと同じなのですが、何せこのお天気・・・ カッセルの時は晴天だった 何とも表現のしようがない彫刻たちなお、この宮殿は庭園と共に 1990 年に世界遺産に登録されています。宮殿を出てきたら、入る時には気づかなかったものがあった。ドーンって感じで目に入ってきたんだが・・・こんなデカいものなのに全く気づいてなかった実は一番上の写真・・・ツアコンさんに付いて行ってってやつあれの背中側にあったんです 真横を通り過ぎているはずなのに・・・バス移動って結構疲れるのかなあ全景フリードリヒ2世は、宮殿からの景色の邪魔になるとして一旦は取り壊しを命じたそうです。さあバスに乗って次の観光へ #3 ツェツィーリエンホフ宮殿へ つづく
旅行記第 2 章!!#1 初ドイツ仕事を辞めて次の仕事開始までポッカリ空いた 1 ヶ月・・・さてどうしようか・・・ふと思い立ったことは・・・中学生くらいの頃からいつかは行ってみたいと思っていたドイツへ行こう!さっそく翌日、パスポートの申請に行き、そのあしで近くの旅行代理店へ。 「ドイツへ行きたい」そう伝えると、窓口の女性がパンフをあれこれ見繕って該当のページを開けてくれたが、どれもこれもドイツを含めた 3 カ国くらいの周遊旅・・・ドイツ単独の旅はたった 1 つ、必然的にこれに決定となる。良かった~と思いきや、ドイツ単独の旅など人気がなくて出発に必要な最低人数が集まらないらしく、当該旅行の出発は月にたったの 1 回・・・幸いにも出発日が 2 週間後だったのでパスポートは間に合うなあしかしその時点でキャンセル待ち対応だとさ (゜◇゜)ガーン「なんとかなりませんか」無理を承知で頼んでみると、電話でやりとりすること 10 分少々「 1 人くらいならなんとか組み込んでくれるそうです」とのこと。ただし絶対ではないので、その時は了承下さいと言われ渋々了解。翌日、「旅行、大丈夫です」と連絡があり、めでたしめでたし。さてそこからがドタバタ・・・旅行準備など何もしていなかった。まずスーツケース・・・そこからかいっ って声が聞こえてきそうですがそこからなんです。数日後、発行されたばかりのパスポート(発行に 1 週間程度要する)を持って旅行代理店へ行き、契約を済ませ旅行代金を支払う。何せ初海外・・・ 分からないことだらけなので、もらった注意書きというか旅行ガイドに沿って必要最低限のものをとりあえず揃えました。銀行にも行ってユーロ交換 3 万円分・・・当時 1 ユーロは手数料など含めると 140 円ほど・・・ これが後ほどびっくりすることになる・・・ちなみに日本国内で交換できるのは紙幣のみです厳密に言うと、 3 万円分の交換と言うのは間違いで銀行では 200 ユーロ分、あるいは 300 ユーロ分とかで換金します。1 ユーロを 120 円とすると、200 ユーロ分だと24,000 円 + 手数料を支払うことになります。そんなこんなで出発当日、指定された時間に関空到着。ツアコンさんたちと顔合わせして「よろしくお願いします。」結局ツアコンさんを含めた参加人数は 18 名でした・・・少ない !?さて出発前に行かなきゃいけないところが・・・当時、携帯が国外対応してない機種だったので、レンタルのお店を探して空港を右往左往・・・当たり前だが、関空ってひろ~~いそのため写真なんて撮ってる暇なし今回の初写真はこれいきなり ドイツ・ベルリン 雨でした。ベルリンには国際空港がいくつかあり、ここはおそらく・・・ベルリン・テーゲル空港往復 KLM 便での旅なので、オランダ・アムステルダムでトランジットオランダは大雨でしたが、ベルリンは小雨だったと記憶している。関空を午前 11 時過ぎに飛び立っておよそ 16 時間興奮からか機内で寝られんかったので眠い空港からさらにバスに乗ってホテルへ・・・うお~~ ドイツ語だ言わずと知れた環境対策が進む国バスルームに貼り付けられたシール 眠気でピンぼけだ・タオルの交換を希望するなら無造作にフロアに置いておく・タオルハンガーに掛けておくのは交換不要のサインってなことが書かれています。1 人ですが・・・ホテルの事など今となっては何の記憶もありません。ドイツのイメージはグレー? こちらが宿泊したホテル機内で寝(られ)なかったのが幸いして、すでに脳も身体も現地時間に順応!!朝食までちょっと時間があるのでホテル周辺をお散歩しよう長年ずっと訪れたいと思っていたドイツだったので心躍るが、初海外でもあるのでソワソワしたりもする。ドイツには紅葉がない・・・?確かに落ち葉は紅くまではなっていないなぁ葉っぱが少し紅くなった程度かなすっかり坊主頭・・・時間的には車が走っていてもいいのにほとんど通行車がないこちらでは落ち葉を風噴射機で何ヶ所かに集めてましたねパン屋さん道案内にもあるように、ホテルから 500 m ほど歩いた所にひときわ明るい建物・・・日本でいう簡易スーパー、コンビニ?信号を渡って店内に入ってみたら、あの香ばしいパンの匂い単独の旅だったなら確実に買ってたよただ今はホテルでの朝食前ということもあり止めといた。昨日同様、小雨模様。天気予報だとこの旅のハイライト・・・あの白鳥城を訪れる日も雨だとか。(´・ω・`)ホテルに戻り朝食。全く記憶がありませんが、ビュッフェ形式だったかと・・・当時もらった簡易の行程表を引っ張り出して記憶を呼び戻そうとしてもなにせ 6 年半も前のこと・・・このブログはこの行程表を参考に自らの頭をツンツンしながらできる限り思い出して書いていこうと思います、ハイ10 月 22 日 Mittwoch ← 水曜日のドイツ語午前 8 時半ころ ポツダムへ向けてバスはホテルを出発ベルリン市内 結構紅葉してる? 道路標識にはマクデブルク・ライプツッヒ、下段には目的地ポツダムの文字当然ながらどこをどう通っているのかサッパリ分かりません途中、これはアウトバーンを走ったのかな・・・このアウトバーン・・・直訳すれば「車道」いざという時には滑走路としても使えるように設計されたというのは有名な話。そもそも世界大恐慌によって尋常ではない失業者が出たドイツ、ヒトラーは雇用創出などを謳って選挙を戦う。後に首相となった彼は約束を果たすが如くアウトバーン建設に着手し、最終的には 10 万人を超える雇用を生み出した。ただこうしたこともプロパガンダに利用され、あの暗黒の道へと突き進む結果になったことは残念でなりませんね。相変わらずグレーだ これがさっきの道路標識にもあったヴァン湖 Wannsee なのかなそれにしてもドイツの空・・・全くもってモノクロの世界にいるようそりゃあイタリア・フランスの写真を見たらあっちへ行きたくなるよなぁ目的地に着いたみたいバスを降りてツアコンさんに付いていくいよいよポツダム観光が始まります。 #2 ポツダム観光編へ つづく