小石川後楽園と肥後細川庭園を訪ねる(其の弐)
小石川後楽園(2)
「水戸様小石川御屋敷御庭之図」 元禄 13(1700)年頃 明治大学博物館所蔵
5代将軍綱吉が本園をご覧になった際に描かせたとされる絵図。
図には、文昌堂や得仁堂、河原書院、西行堂などの建築物が描かれている。
また、大泉水には長橋や、東西に長い形状の蓬莱島が確認できる。
特に光圀によって建立された文昌堂(後の八卦堂)は、文昌星の像が祀られ、学問推奨の拠点となった。
花菖蒲田・藤棚・稲田の辺り。
花菖蒲は6月が見頃らしいが、5月18日では少し早すぎ。
愛宕坂
愛宕坂は急な石段で真直ぐな階段は「男坂」向かって左の緩やかな階段が「女坂」それにしても急な石段だ。雨の日は滑って危ないから上ることが禁止されて残念ながら上まで行けなかった。
坂を上ると「文昌堂」(後に「八卦堂」に改められた)が在った跡地だ。
「文昌星」の像
寛永10年(1633)、6才の光圀が祖母英勝院に伴われて3代将軍家光に拝謁し、「文昌星」の神像を賜ったもので、中国の明からの渡来品であろう。
文昌星は北斗七星中の第1星、ないしは第1星から第4星までの名で「学問・知識・芸術」を司る。書物を足に据え、筆と硯を手に天空を駆る。
後世とくに科挙試験の受験生に信奉された。
「小石川後楽園唐門」(復元)
唐門は水戸徳川藩邸の内庭から大泉水へ向かう正式な入口。
第二次大戦で焼失したが2020年に景観を再現するため、古写真などの資料をもとに門と脇塀が復元された。
内庭
水戸藩の書院があった場所だが、現在は池を中心とする庭となっている。
焼失前の唐門(昭和13年撮影)
庭園の利用に関しては時代によって異なるが将軍家や他の大名家、様々な文化人や知識人が訪問している。特筆すべきは朝鮮通信使や琉球使節団の来訪など、後楽園を舞台に国際交流が行われていたことは、貴重な歴史的な出来事と言える。
*「偕楽園公園を愛する市民の会」の会員の皆さま方と楽しく有意義な旅が出来ました。有難う御座いました。










