小石川後楽園と肥後細川庭園を訪ねる(其の壱)
「偕楽園公園を愛する市民の会」主催の「小石川後楽園と肥後細川庭園を訪ねる」(2023年5月18日)は会員以外も参加可能とお誘いを受け訪ねた。
朝から夕方まで小雨模様であったが、貸し切りバスでの移動並びに現地のボランティアグループの方々の御案内と接待に与かり、ほぼ園内をくまなく見ることが出来た。
肥後細川庭園
江戸時代の切絵図に現在の施設を落とし込みしてある。
肥後細川庭園は、目白台の台地(関口台地)の自然景観を活かした池泉回遊式庭園。この地は、江戸中期以降は旗本の邸地になり、江戸末期には清水家や一橋家の下屋敷となり、幕末には熊本54万石の細川越中守の下屋敷になった。
明治15年には細川家の本邸(現在の目白台運動公園敷地)となり、その後は東京都が買収し昭和36年に「新江戸川公園」として開園し、昭和50年に文京区に移管され、平成29年3月に「肥後細川庭園」に名称変更した。
大地の上には細川家の「永青文庫」や「和敬塾」が在る。
この庭園は京都の嵐山を模して造られたらしい。
熊本藩の最後の御用絵師「杉谷雪樵」が明治27~28年頃に描いた図というが、現状とほぼ変わりない。
池の水の全ては台地の中腹からの湧水による。
湧水を利用した小さな滝の上部が水源地らしい。
松聲閣は細川家の学問所として使用されていたが、一時期は細川家の住まいとして使用されていた。細川護熙元首相も子供の頃に住んでいたとか。
現在は歴史性を生かし保存修理を行い誰もが利用できる文化施設となっている。
抹茶と肥後銘菓の御接待を頂いた。
肥後六花
肥後椿、肥後芍薬、肥後花菖蒲、肥後朝顔、肥後菊、肥後山茶花かの6種の花の総称。
肥後六花の共通の特徴は、花芯(雄蕊)が見事なこと、花形が一重一文字咲きであること、花色の純粋なことの三点がある。
肥後細川庭園ではそのうち4つ(肥後椿・肥後芍薬・肥後花菖蒲・肥後山茶花)を見ることが出来る。
肥後花菖蒲は咲き初めでこれからが本番。
秋から冬にかけて紅葉の樹木と、肥後山茶花・肥後椿の競演は見事です。
とガイドの方のお話。
「永青文庫」の秋期特別展の拝観しながらの再訪を期す。













