鹿島神宮@鹿嶋市宮中2306-1

 

 

 

鹿島神宮は『常陸国風土記』に鎮座が確認される東国随一の古社であり、日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する武甕槌神(建御雷神、タケミカヅチ)を祭神とすることで知られ、全国にある鹿島神社の総本社。

「神宮」と呼ぶことを許されたのは、伊勢神宮、香取神宮、鹿島神宮の3社だけともいわれる。

常陸の国に住みながら境内全部を巡ったことがない。

KさんNさんと連れ立って鹿島神宮~香取神宮を訪ねる機会をえた。

 

 

 

 

大鳥居の近くのサザンカ・クロガネモチ・キク。

どれも今の季節ならでは花や樹木だが「クロガネモチ」は奈良の古社寺で多く見かけるように感じている。

菊は種類も多く神社では「菊花展」が催される。

 

 

楼門

寛永11年(1634)、水戸徳川初代藩主の頼房により奉納されたもの。

旅立ちや人生の門出を指す言葉「鹿島立ち」は、奈良時代に東国(関東地方)の農民が防人として九州への出発を前に、鹿島神宮で武運長久を祈願したのが語源といわれる。

 

 

 

境内には、周囲を取り囲むように600種以上の木々が自生している。

シイやタブ、モミなどの樹林は「樹叢(じゅそう)」と呼ばれる。

本殿は改修中で覆いがかかっていた。

本殿・石の間・幣殿・拝殿の4棟からなる社殿は、元和5年(1619)に徳川2代将軍の秀忠が寄進し、重要文化財に指定されている。

本殿は改修中で、良く拝観できなかった。

 

 

 

奥宮

現在の社殿は、慶長10年(1605)に徳川家康が関ヶ原戦勝の御礼に現在の本殿の位置に本宮として奉納したものを、その14年後に新たな社殿を建てるにあたりこの位置に遷して奥宮とした。

 

 

 

 

要石

えこれが!と思うくらいに小さい。

地中深く、地震を起こす鯰の頭を抑えていると古くから伝えられる。

鹿島神宮、香取神宮、三重県伊賀市の大村神社、宮城県加美町の鹿島神社などだけらしい。「御座石(みますいし)」とも呼ばれる。

 

 

 

御手洗池

大きな湧水池で参拝する前に禊をする場所。

古地図の「船着き場」なので、ここから本殿への参拝が始まったのだろう。