五浦海岸ジオサイトと岡倉天心ゆかりの地を巡る(其之1)

 

 

 

 

五浦海岸には名前のとおり、小五浦、大五浦、椿磯、中磯、端磯という5つの入江がある。

今から1700万年前に海底に溜まった砂や泥が固まって、台地の変動により持ち上がった。

それが波に削られて断崖や岩礁を作っている。

 

 

「茨城百景・五浦」の碑

岡倉天心はこの奇岩を、中国の文人画などに登場するものと同質と考え、天心が日本美術院や自邸としてこの地を選ぶ一つの要因であったとされる。

 

 

常陸の國五浦真景図 (明治10年代 歌川広重・三代目)

 

 

茨城大学五浦美術研究所

茨城大学五浦美術文化研究所は、1955(昭和30)年に設立された。

天心偉績顕彰会の会長横山大観から、天心遺跡(旧天心邸・六角堂・長屋門)の寄贈の申し出を受けてのこと。

1913年の天心の没後、遺族の住まいだったが、1942(昭和17)年、天心偉績顕彰会が遺族から管理を引き継いでいた。

 

 

門をくぐってすぐ左手に、1963年に建設された展示室天心記念館。

平櫛田中作の《五浦釣人》、《岡倉天心先生像》、天心の釣舟「龍王丸」などの関連資料が展示されてある。

 

 

記念室の隣には《ウォーナー像》と覆堂。

 

ラングドン・ウォーナー(Langdon Warner、1 - 1955年)は、アメリカの美術史家でシルクロードの探検家としても知られる。

太平洋戦争中に日本の文化財を空襲の対象から外すよう進言した人物とされる。

 

 

 

天心邸

ウォーナー像から苔むした小道を下ると視界が開け、左手に太平洋、右に旧天心邸を擁する広場に出ます。

天心邸は、この地に建っていた「観浦楼」という料亭の古材を再利用した。

天心没後改築され、往時の半分の広さになっている。