磯浜古墳群(国指定史跡)@東茨城郡大洗町磯浜町

 

大洗町役場の直ぐ近くに古墳時代前期から中期初頭の古墳群が在る。

「国指定の史跡」として文化財なのだが、その存在を最近まで全く知らなかった。

 

 

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姫塚古墳・五本松古墳・五本松下古墳・坊主山古墳・日下ヶ塚(常陸鏡塚)古墳・車塚古墳の総数6基からなっている。

 

 

日下ヶ塚(常陸鏡塚)古墳

 

昭和24(1949)年に國學院大学により行われた、日下ヶ塚古墳(常陸鏡塚)の発掘調査で長大な粘土槨が確認され、内行花文鏡や変形四獣鏡、石製模造品、玉類、鉄製品、木製櫛など4000点に及ぶ副葬品が出土して、ヤマト政権との密接な関係が想定される古墳時代前期後葉の代表的な前方後円墳であると考えられた。

その後の調査で、周濠が巡ること、墳長が約101.4mで墳丘には壷型埴輪、円筒埴輪を樹立することもわかった。

 

 

古墳の手前、崖際に平坦な土地が在る。

幕末に「海防陣屋」として使われたそうだが、大洗港・マリンタワー・フェリーターミナルを含む太平洋を一望できる。

ここからの眺めは壮観だ。

 

 

そこから北側の急斜面を上り詰めると、墳丘の上に到達する。

昭和40(1965)年に建立された「史跡・日下ヶ塚古墳」碑。

西側に水戸や筑波山を望むことが出来る。

築かれた当時、墳丘の周囲には立木など無かったから、これ以上の眺望であったろう。

 

この様な場所に記念植樹をする場合もあるが、多くは鳥などに運ばれたりした種子が発芽し、大木となることが多い。

自然保護として樹木を伐採しない風潮が在るが、本来の景観を守るには定期的に伐採することも必要と思う。

 

 

 

「日下ヶ塚」からは直行出来ず、住宅地を迂回するようにして、中期初頭4世紀後半の車塚古墳(円墳・直径88m)に到達。

巨木が何本も茂り、頂上が見通せないほどに傾斜もきつく、磯浜古墳群の中では規模が大きい。

古墳時代が終焉を迎えた時期に造成された円墳。

 

 

頂上からの眺望は「日下ヶ塚古墳」以上に雄大だ。

 

 

車塚古墳の北側に位置する姫塚古墳(前方後方墳・全長29m)は前期前葉3世紀中頃の造営で磯浜古墳群の中では最古。

 

磯浜の地に100数十年の間、作り続けられた古墳群。

全てを人力に頼った古代人の逞しいエネルギーは想像を絶する。