「水戸のロマンチックゾーン」スタンプラリー (其の弐)
3月1日 ~3月21日
水戸の歴史的な遺産が点在する地区を「水戸のロマンチックゾーン」と称し、3月1日 ~3月21日の期間中、チェックポイント10個所を巡ると、抽選で地元の銘菓などが貰える。
最後の20日と21日に参加したが、天候に恵まれ(今日は一転して雪)、場所を探しながら巡る家族連れなどと出会った。
コロナ渦で外出を控えていた人たちには、良い機会となった。
回天神社と回天館
安政の大獄・桜田門外の変・坂下門外の変・東禅寺事件、那珂湊に、水戸で、筑波山で、敦賀に殉じた1,785名の士民の霊を慰め後世に伝えるため、昭和8(1933)年に銅板に名前を刻んだ忠魂塔が建てられ、昭和44(1969)年、明治維新100年を記念して「回天神社」として祀られることになった。
回天館
元治元(1864)年、幕府に降伏した天狗党の800余名は、敦賀の海岸にあった16棟の鰊倉に押し込まれ、残酷きわまりない処遇を受けた。
約100年後この鰊倉の1棟を福井県敦賀市より譲り受けて水戸の常磐神社境内に移築し「回天館」と名付けた。
しかし、歳月の経過と共に老朽化が進んだため、水戸市民の有志が寄付を募り、平成元(1989)年に回天神社境内に移築した。
現在、回天館は保存会によって管理され、天狗党の資料などを展示されている。
藤田幽谷(右)東湖(左)の親子の墓。
幕末の混乱の中での中心人物、格段に大きい墓所。
水戸黄門漫遊記の「格さん」のモデルともいわれる安積澹泊(1656―1737)の墓。通称覚兵衛。澹泊(斎)は号で晩年は老圃、老牛、碧於亭とも号した。
水戸藩主徳川光圀が招いた儒学者朱舜水(しゅしゅんすい)の門人。
1683(天和3)年、彰考館編修となり『大日本史』の編纂に従事すること54年に及ぶ、その間1693年(元禄6)には彰考館総裁となった。
愛宕山古墳・愛宕神社
5世紀初頭の築造と考えられる愛宕山古墳は、那珂川の西岸に展開する河岸丘上に立地する。
全長136.5mに達する大きな前方後円墳で、那珂川流域では最大規模。
有段の墳丘とみごとにながく延びる前方部、東方・北西の一部に堀を残しているなど古式形態を保ち、築造当時の面影を充分伝えてくれる古墳。
国指定史跡となっており、墳上には愛宕神社が鎮座する。
萬葉曝井(さらしい)の森
「三栗(みつくり)の中に向へる曝井の絶えず通はむ彼所(そこ)に妻もが」万葉集に高橋連虫麻呂の作とされる歌の舞台が、水戸市愛宕町の『曝井』。
現在は「萬葉曝井の森」という公園として整備されている。
この泉は、古くから交通の要衝でもあり、また歌にもあるように男女の交流の場であったと云われる
今回のスタンプラリーに参加したことで,愛宕古墳・愛宕神社~曝井を久しぶりに訪ねた。
歴史的な空間にたてば何かを感じ、思いを馳せるのも楽しい。












