釣釜の落ちつきなさや炉の名残 中野琴石
釣釜や佐保姫という萌黄菓子 森田金峰
先月に引き続き、今月もお茶の稽古に参加する機会を得た。
冬の間、釜は五徳にすえられるが、三月になると五徳は取り払われ、釜は自在鉤や鎖に吊るされる。
天井の蛭釘から吊るされた鎖に掛けられた釜は不安定で、微妙に揺れ動く。
炉から風呂へ移る僅かな時期しか使われないから、誠に幸運なことだ。
釜の胴にはうっすらと桧垣紋が浮き出ている。
鉄の地金が程よく茶色に錆びた風情は頗る宜しい。
釜の陰になった炭火の灯りと灰の白さ、これまた誠に結構だ。
炭の匂いと釜からの湯気の交じり合った匂い。
菓子名は聞き漏らしたが、若緑と桃色の二色。
梅か桃か、季節を織り込んだ和菓子ならでは取り合わせ。
萩の茶碗に抹茶の緑が映える。
床の間の花はミズキ・バイモ・椿・馬酔木。
この貝母は未だ蕾だが、我が家の貝母は芽を出したばかり。
桃花の短冊、何と書いてあるのか分からない。
薄茶の干菓子は千鳥と貝。
千鳥は古くから詩歌の世界では冬のわびしさと共に詠まれ、冬季となっている。しかし実際には、夏鳥や留鳥のほか春と秋、日本を通過するだけの種類もいるという。僕は実物を見た経験はない。
春は一年のうちで最も潮の干満の差が大きい。
ときを同じくして、貝類が旬を迎える
そのため〈潮干狩〉〈磯遊〉は春の風物詩となっている。
我々の世代の春休みは三浜(大洗・平磯・阿字ヶ浦)などに出かけたが、今はどうなのかな?
溜め塗、桜紋蒔絵の棗。
ゆったりとした形で赤に金蒔絵。
茶道具と言わず、眺めているだけでもいい。
ポルトガル製の植木鉢に塗蓋を付けて、水指に見立てた。
お茶の流儀は不調法だが、道具類を拝見するだけでも楽しかった。
茶菓子と一服の茶は何とも心が和らぐ。
三ッ石 敏さんの茶室を訪ねる約束が果たせていないことを思い出した。










