大手橋の擬宝珠@徳川ミュージアム

 

「公益財団法人・徳川ミュージアム」は徳川家康の遺品(駿府御分物-すんぷおわけもの-)を中心に、家康の11男で初代水戸藩主・頼房、2代光圀ら歴代藩主や、その家族の遺愛の什宝・書籍など約3万点の歴史的資料を整理保存し公開している。

水戸徳川家が成立以前、佐竹時代に遡る収蔵品もある。

 

 

 

大手門に掛かる大手橋の欄干(らんかん)の柱に付いていた擬宝珠もその一つ。

 

 

「文禄五年丙申二月吉日造之」銘

常陸太田から移った佐竹義宣が水戸城の普請を始めたのが文禄二年(1593)だから橋は3年後に竣工したことになる。

 

 

鋳造だが黒く塗られているから素材は分からないが、青銅であろうか。

制作に関わった冶工は常陸太田から青柳村に移住した菊池若狭といわれるが真偽のほどは分からない。

直径は45㎝~50㎝はありそうだ。

 

その後、橋は何度か建て替えられた。

明治以降では明治32年(1899)6月に作られた木橋は擬宝珠のない。

大正4年(1915)9月に開橋したコンクリートの橋は基礎工事ががっちりとしたもので現在も使われているが、擬宝珠は金属製が用いられている。

昭和10年(1935)12月竣工の橋は擬宝珠もコンクリート造り。

当初の擬宝珠は明治32年以前に取り外されたと考えるのが順当と思える。

欄干には柱が6本ずつ在ったように見えるから全部で16本。

400年以上を経て、16個有った擬宝珠は展示されてある2個以外何個が残っているのだろう。

 

 

明治5年(1872)に焼失した水戸城大手門と大手橋。

 

 

 

昭和10年(1935)12月竣工の大手橋と令和2(2020)年2月に復元された大手門。