水戸八景「水門帰帆」@ひたちなか市和田町

 

 

水戸八景「水門帰帆」碑

ひたちなか市役所那珂湊総合支所(旧那珂湊市役所)の裏手。

 

 

 

碑の形状等:向かって左上に頭の付いた大理石(寒水石)

横120cm、縦214cm

 

「水門帰帆」 (みなとのきはん)

この地域は古くから"湊"と呼ばれ"水門"は"みなと"と読む、湊と同義。

馬偏に風と書いた字は“馬が風のように疾走することを”を云うが、古くは転じて「帆」という意味に使われた。

この地は高台にあり、遥か水平線まで一望できる。

日暮れ近く、川口の上流に在る港を目指す帆船の姿。

 

 

現在、浜辺は埋め立てられ、沖まで大小の建物立ち並んでいるので往時の姿は失われた。道路や海洋高校、昔は岸辺。

 

 

埋め立て地に築かれた防波堤や港。

1960年代は、那珂川の河口を遡った所に港と市場が在ったように思う。

 

 

大正末頃の同所。

 

 

「水門帰帆」碑の横に、二基の副碑が建てられてある。

明治34年の「水門帰帆」改修記念碑。

昭和13年の藤田東湖の七言絶句を刻んだ碑。「

 

 

那珂川を挟んだ対岸の大洗に「岩船夕照」の碑が在る。