NEXT1の一つに数えられる国に(バングラデシュへの旅 其の4)

2006年1月20日~27日。

 

 

「シャイト・ゴンブズ・モスジット」

屋根の上に大小のドームと四隅に低いミナレットを有するモスク。

煉瓦を用いて1459年に建造された。

バングラデシュは仏教遺跡とイスラム寺院の他に観光の名所は少ない。

16年前に訪問した当時「ガイドブックのない国」と言われた。

今は有るのかもしれないが、悠久の大地に延々と続く田園風景が最大の見どころだが、移動の交通機関や宿泊施設は整備されていなかった。

 

バングラデシュは「ベンガル人の国」という意で、宗教はイスラム教徒が9割近くを占め、その他はヒンズー教徒、仏教徒、キリスト教徒など。

殆どがイスラム教徒だが、女性の服装などを見るとインドのサリーのようで、いかにもイスラムの國とは思えなかった。

とは言え、アルコール類は禁止なのは他のイスラム圏と同じだが、外国の観光客がホテルやレストランでビールを飲むことは可能だった。

ビールで喉しめしでは物足りなく、夕食の後は部屋に集まり、免税店で購入したウイスキーや日本酒で、反省会を兼ねた雑談会をするのが楽しみだった。

 

 

 

イスラム教の縛りが緩い、と感じるバングラデシュだが首都のダッカから東南に25㌔ショナルガオという街の旧ヒンズー教徒の居住域は無人の街だった。

英国からの独立時にヒンドゥー教徒がインド領に逃げ出した跡は廃墟のようだった。

イスラムとヒンズーが共存していると思っていたが、対立の根は深いのだろう。

 

 

 

ヒンズー寺院か、転用されたイスラム寺院なのかは分からないが、壁面や外壁をテラコッタで飾っている。

宗教的な物語や蓮華文など様々だが、どれもこれも欲しくなるような魅力がある。

 

 

道路沿いで瓦の製造工場をよく見かけた。

地元の民家で使用されてはいないので、もしかしたら輸出品かもしれない。

 

 

サトウキビを絞った原液を煮詰めている製糖工場もよく目にした。

燃料はサトウキビを絞った残りの部分を使用しているので、無駄がない。

菜種を牛にひかせた石臼で菜種油を絞っている所なども見た。

何百年も変らないやり方を踏襲している。

第1日は、日本からバングラデッシュまでの直行日は無いので、バンコックから「ビーマンバングラデシュ航空でダッカに到着、ホテルに直行し夕食。

2日目は、国内線の小型飛行機(旧ソ連製のガタガタのプロペラ機(これでよく空が飛べると驚いた)案の定、霧の為に目的地に到達出来ず、かなり離れたところに着陸した。ガイドさんが現地調達したオンボロノ小型バスで旅は始まった。

治安状か?理由はいまだ不明だが、銃を抱えた警官2名が先導する。

農村地帯の仏跡やイスラム寺院を2日かけて巡る旅だが、途中で休憩すると大勢の村人が興味深そうに集まってくる。

老若男女、特に子供たちの目の輝きは日本とは比べようもなく純粋な眼をしていた。今回の旅で、一番印象的だったのは人々の瞳であったように思う。

 

 

 

 

喧騒と混沌の街・ダッカ。

 

特に首都ダッカが顕著だが、人口密度の高い都市部は“人と人力車”で溢れ、小さな露店が軒を連ねた“混沌と喧騒”の街だ。

更に、世界的にみても貧しい国と云われる。

 

近年は若年労働力の豊富さ、アジア最低水準の労働コストの低廉さに注目した、多国籍製造業の進出が著しい。

農業と繊維産業から脱却し、スマートフォンなどのIT立国を目指し、新興国として期待される「NEXT1」の一つに数えられ国となった。

 

バングラデシュに旅してから16年。

あいまいな記憶と乏しい資料で振り返ったが、現在は日本とバングラデシュは多くの分野で重要なパートナーなってきたように感じる。

バングラデシュについてもう少し知る必要があるようだ。