村松虚空蔵尊と大神宮@那珂郡東海村村松
村松山虚空蔵堂は日本三体虚空蔵尊のひとつで、平城天皇の勅額により、平安初期大同二年(807)弘法大師によって創建されたと言われる。
数え年の13歳は生まれ年の干支が初めて戻ってくる、いわば「十二支の還暦」。この年に、虚空蔵菩薩をお詣するとご利益があると言われ中学一年生、或いは二年生の春休みに「十三詣」として行くことが当たり前のことだった。
友人と連れ立って参詣したのは70年近い昔の話、現在の「JR東海駅」当時は「国鉄・石上駅」を下車して結構な距離を歩いた記憶がある。或いはバスが在ったのか?
今でも普通に行われているのか?はともかく、「元屋敷」の5の日の骨董市のサービスランチを共にした3人組で村松虚空蔵尊に初詣した。
駐車場から山門にかけての参道の傍に沢山の露店が出ていたのには驚いた。
大晦日から元旦に掛けて社寺の参道に初詣の客を相手の露店が並ぶのは珍しくないが、既に5日なのに露店・参詣客も沢山なのだ。
虚空蔵尊は丑年・寅年の守り本尊と云われるので丑年・寅年の参詣客も多い。
現在は真言宗豊山派に属している。
本堂より鐘楼・山門を望む。
正月五日、ともなれば混雑はしていない。
隣接する「大神宮」は、和銅元年(708年)の創建と伝えられ、伊勢神宮の分霊が祀られ「茨城のお伊勢さん」とも言われる。
近年に境内が整備され参詣客が多くなったが、知らない方も多いようだ。
ここから海岸に向かった砂浜に「村松晴嵐」の碑が在る。
天保4年(1833年)水戸9代目藩主徳川斉昭(烈公)は、中国の瀟湘八景にならい、藩内の子弟に自然鑑賞と健脚鍛錬とを図るために、水戸八景を設定した。
砂浜をしばらく歩くことになるので今回はパスしたが「十三詣」の際は海岸までの砂浜を歩くのもお約束だ。










