『水戸の十字架』(小林 文華/著・坂田 章夫/編 茨城新聞社 1996)

 

 

 

『今から三十年ばかり前、筆者がいはらき新聞編集局に居った当時、寺西恵然師が仏教の「愚禿親鸞」、弓野北峡老が「加倉井砂山」を書いたから、今度は基督教の読物を書けという社命である。

尊王攘夷で外来思想を排撃し 水戸であるから、基督文献などある筈がないという説が多かった。

元栃木県令吉見輝、元彰考館勤務清水正健、名城水戸中学教師漠然氏等は無いという側だった。

独(ひとり)県嘱栗田勤氏が水戸徳川家宝物虫干の際、切支丹遺物を見たことがあるというので、家令の福原脩さんに照会したところ、立原軒調べの切支丹遺物目録の写しを送って来た。これが意外にも世界的珍宝だったので、これを中心に資料を蒐集し、「水戸の十字架」と題して義烈両公の耶蘇研究を発表し、当時の基督教史学界に異常の センセーションを与えたのであった。」(後略)

 

 

切支丹法服念珠と帷帳を身に着けた小林文華(大正10年8月1日、水戸徳川邸にて)

 

小林文華(1892-1981・明治25~昭和56)本名・小林寅四郎が1921(大正10)年に起稿した「水戸の十字架」と題する著書の序文。

その後1950(昭和25)年に再録されたが出版には至らず、遺族の小林房枝・坂田章夫の両名により編・監修され1996年に茨城新聞社より出版された。

原文は「茨城新聞」の大正10年7月20日から同年12月1日付けまで5カ月にわたり、128回の長期連載となった。

 

第1章 水戸藩以前

第2章 梅邸宝物調

第3章 威公時代

第4章 義公時代

第5章 西教屏息期

第6章 烈公時代

 

全480頁に渡って資料を基に述べられているが、漢文で書かれている部分もあり僕の語学力では理解するのは難しい。

この書籍は水戸市立図書館より借りたが、興味を持つ専門家の論考を待ちたい。

 

 

切支丹本尊耶蘇像(徳川博物館蔵)

 

前述のようにこれらの資料原本は徳川博物館(現・徳川ミュージアム)の蔵品。

未発表の資料もある可能性もあり、何れの機会に展示されることを願っている。