徳川頼房展・其の2@水戸市立博物館

10月16日~11月21日

 

第6章 水戸東照宮

 

 

 

 

第6章の水戸東照宮関連の展示は3階の会場。

水戸東照宮の創建400年を記念し、水戸東照宮に伝わる宝物、水戸東照宮祭礼絵図などが多数公開されているのが見どころ。

 

 

 

銅造灯篭

 

 

明治時代の写真

創建時か第二次大戦の空襲による消失迄、参道は南向き(千波湖)方向だった。

明治時代までは樹齢の長い松が沢山あった。

松の木が景観の一部だったが、近年の松くい虫の被害でほとんど消滅してしまったのは残念。害虫に強い松の木の植樹を強く願う。

 

 

 

 

 

何種類かの祭礼絵図が展示されてある。

版画や肉筆の画面から盛大に執り行われていた状況がよく分かる絵図など。

今回の展覧会の目玉の一つ。

 

 

水戸東照宮三百年祭 協賛チラシ・大正4年(1915)4月 水戸東照宮所蔵

水戸東照宮三百年祭に多数の見物人が集まることを見越した那珂川汽船株式会社は、同年4月17日、18日 19日の3日間に限り、 湊・祝 町・関戸と水戸下市間を結ぶ臨時増発便を運航した。

 

 

水戸東照宮祭礼行列の順路絵図

祭礼行列は水戸城下下町を練り歩 くのを恒例した。

下町は吉田神社祭礼のルートとばかり思っていた。

水戸の祭礼は下市が中心であったことがよく分かる。

上市でも天王社や雷神宮の祭礼があったが、その関連の古い資料は少ないようだ。

 

*水戸東照宮は元和7年(1621年)、家康の十一男で水戸藩の藩祖である頼房が、父の家康を祀るために景勝地の霊松山に創建した。

中央に東照大権現、左に山王権現、右に麻多羅神(唐の青龍寺の鎮守神で、比叡山の鎮守である日吉大神と同神とされる)が祀られ、創建当初は「三所権現」と称していた。

元和10年に2代将軍秀忠の霊屋が建てられ、以降、歴代将軍の霊が相殿として祀られた。鎮座地名は、元禄12年(1699年)、2代藩主光圀によって「常磐山」に改められた。