徳川頼房―初代水戸藩主の軌跡―@水戸市立博物館
10月16日~11月21日
徳川家康の11男として誕生した、初代水戸藩主・徳川頼房(1603~61年) の59年にわたる生涯を、ゆかりの品とともにたどった展覧会。
頼房が造立を命じた水戸東照宮の創建400年を記念して、水戸東照宮に伝わる宝物、水戸東照宮祭礼絵図などが多数公開されている。
2代の藩主光圀や9代藩主斉昭に比べ、初代藩主頼房についてはあまり知られていないが、水戸徳川家及び水戸藩の基礎を固めた功労者だ。
その活動の場は水戸だけに限られず、居住していた江戸・誕生の地京都など全国に広がっている。
初公開とされる資料などもあり、きわめて興味深い展覧会だ。
第1章 徳川頼房誕生
家康着用の具足
頼房誕生の地、伏見城から発掘された品など。
第2章 水戸藩主となる
江戸の北東部を押える地として水戸を重要と考えた家康は、中山信吉(備前の守)を附家老として配し頼房を藩主とした。
(附家老は藩主の家来というよりも、将軍直属のお目付け役という性格)
頼房は、ほぼ江戸ですごしたが、毎年水戸に就藩し水戸城の修復や城下町造営など、さまざまな法令を定め、城下の整備を行った。
水戸城城下絵図(対幅)
慶安4年(1651)~明暦元年(1655)頃の水戸城下絵図。
水戸城下を描いた地図では2番目位に古い。
いろいろな場面で登場する絵図だが、原本が対幅の軸装と初めて知った。
水戸市内の道路や町割りは現在もほとんど同じ、頼房期に整備されている。
水戸城城下絵図
天和元年(1681)~天和2年(1682)
この絵図もしばしば登場するが原本を見ることは少ない。
第3章 形作られていく水戸藩
中山備前守を筆頭に家臣団が形成された。
歌手のマイク真木の先祖、真木家は紀州藩から水戸藩に。
真木隼人の五輪塔。
「千波沼藻払割当絵図」文政2年(1818) 6月か?( 芝山敏子氏寄贈)
水戸城下の上町・下町、水戸藩の普請方が受け持つ、藻払作業範囲を示したもの。今回が初公開というが、興味深い絵図だ
同図の一部、神崎寺周辺。
現在の常磐陸橋の辺り、滝もあった。
神崎町遺跡の出土品。
マンション工事のため事前調査をしている現場お見たが、縄文時代から江戸時代までの複合遺跡だった。
これまで、頼房を取り上げた展覧会が開催されたことがなかった。
家康が実子を配したということは、如何に水戸が重要であったことの証明。
今展は水戸を改めて考える良い機会だ。












