『水戸に文化の灯がともる ―舞台公演戦後史―』

竹内昱之助著 発行:県民文化センター友の会 (昭 56・1981)

 

 

茨城新聞の広告部長、営業局次長を経て茨城県民文化センター(現・「ザ・ヒロサワ・シティ会館」)のセンター長などを務めた竹内昱之助さんが戦後の茨城県の水戸を中心とした、舞台公演・音楽公演などについて文化センター友の会の機関誌に50回にわたって連載した記事をまとめ、単行本として刊行された。

 

吉右衛門(先代)一座を迎えて戦後はじめての歌舞伎

丸太に板敷きの映画館でSKDの水戸初公演

豪華な水戸第一劇場の誕生、市民の眼を奪う

水戸署から流れる和田肇さんのピアノ演奏

多賀工専での音楽会、日立には市民のオーケストラ

すさんだ心を慰めるレコードコンサート花ざかり

歌舞伎座風の本建築、いばらき野外会館の功績

茨城会館の復興は進駐軍の命令

茨城会館にあった名ピアノ

楽章の切れ目で盛大な拍手、オーケストラ本県初公演

実演専門の劇場として水戸国際劇場が登場

東京交響楽団の本県初公演

歌の女王 トロウベル水戸公演

豪華な「文楽」水戸公演

戦後の日本を代表する三大女流バイオリニスト

宮城道雄さんの水戸公演

人気をわかせたファッションショー

市川少女歌舞伎の水戸初演

前進座水戸公演を支えた人々

初代西崎緑とその公演

能の二大巨匠水戸で舞う

巨匠ぞろいのピアノ三重奏

本格的バレエ本県初公演

世界の三大合唱団本県でうたう

大成功した文学座 〝鹿鳴館"

山本安英と"夕鶴"

タンゴの女王藤沢嵐子

 

歌劇「お蝶夫人』水戸初公演

水戸でうたう二大シャンソン歌手

茨城交響楽団誕生

五十嵐喜芳初の水戸公演

水戸労音の誕生

文化センター建設高まる

いばらき観劇会の活躍

脚光を浴びた小平会館

日立交響楽団(H響)の誕生

県民文化センター完成まで

文化センター落成記念行事

水戸市カラコレス合唱使節団団長として訪米

ロスアンゼルスの邦人達の涙

水戸の姉妹都市アナハイム市に着く

私と『運命交響曲』私と音楽との出会い "音楽こそわが命!

あとがき(野田光春)

戦後間もないころの資料は少なく地元新聞「茨城新聞のマイクロフィルムに収められた音楽会・演劇公演など丹念に調べた。

 

 

茨城会館(現在の茨城県立図書館の所に在った)

1935(昭和10)年から1966(昭和41)年に県民文化センターが開館する迄の約30年間、県下最大の公会堂・文化拠点として多大な功績を残した。

空襲により一部を破損し使用できない時期もあったが、戦後の演劇・音楽・絵画展など、多目的な空間として使用された。

 

 

県民文化センター落成。

1963(昭和38)年建設地を現在地の千波湖畔に定めた。

当初は茨城会館の生まれ変わり的な発想だったが美術科団体からの強い要望もあって県立美術博物館をも内蔵する文字通りの文化センターが1966(昭和41)年に誕生した。

その後、1988(昭和63)年に茨城県近代美術館が隣接地に開館した。

 

 

1979年4月に著者(竹内昱之助)は「水戸市カラコレス合唱使節団」団長としてアナハイム市を訪問。

サヨナラパーティーで市長とかたい握手。

 

アナハイム市はMLB大谷翔平選手の所属するエンジェルスの本拠地として有名になったが、水戸市は昭和51年(1976年)に「国際親善姉妹都市」の盟約を結び毎年交流を続けている。

 

演劇・音楽・美術など文化的な物事は実物にふれることが重要だが、戦後しばらくの時代はそのよう機会が少なかった。

1950年~80年にかけての30年間を文化振興に携わった著者が調べたこと、見聞した逸話などが数多く語られている。

コロナウイルスの世界的な蔓延により従来の公演・展示の活動は変化を余儀なくされる。この機会に過去を振り返ってみれば未来への道も見いだせるかもしれない。