『常陽芸文』2021 8月号

芸文風土記・水戸空襲を絵画に残す

 

 

 

1945(昭和20)8月2日未明、B29 160機による焼夷弾攻撃を受け、当時の水戸市街の65㌫が焼失・破壊され300人以上の市民の命が奪われた。

 

 

全国各地にあった空からの無差別爆撃。

水戸も富山、八王子と同日に爆撃を受けたが、空襲前に米軍が予告のビラがまかれた。

 

 

 

13歳の時水戸空襲を体験し、猛火の中を逃げ回った滝田浩さん。

水戸商業学校2年生の時、水戸市泉町の自宅で被災し辛くも退避し得た。

8月15日の終戦ほどない頃から市内各所を歩き、自らが直接目にした惨状を鉛筆によるスケッチで記録した。

 

 

「水戸平和記念館」

水戸市が市制施行120周年を迎えた2009(平成21)年8月1日、銀杏坂にオープン。3階建ての2,3階が展示スペース。

写真パネルや資料などにより戦争中や戦後の姿を知ることが出来る。

滝田さんを含め12人の空襲体験を述べたVTRを視聴することも出来る。

 

 

直後に描かれた焼け跡のスケッチ画、その土地の現在は・・・

 

 

 

 

 

焼け残った石造・レンガ造り、巨樹などのスケッチと現状写真の対比。

既に幻の風景となってしまったものもある。

 

 

 

地元を見つめ愛した人生

滝田浩さんは商家の長男に生まれ、家業を継ぐべく商業学校に入った。

和菓子屋から画材・画廊に転換「趣味の店タキタ」として水戸の文化の一翼を担った。古美術の収集家としても知られた存在となった。

 

早くから画才を発揮したのは、空襲の焼け跡をスケッチしたことからわかるが、プロの道を歩みはしなかったが、生涯を通し描き続けた。

散歩の傍ら俳句を作り景色を頭の中で描き、帰宅して書き留める毎日だった。

 

「水彩連盟展」茨城県・水戸市の芸術祭にも出品を欠かさず出品した。

街を愛し人を愛し、市内の諸般に通じた「故老」「語り部」でもあった。

2020年1月23日に87歳で急逝してしまったのが誠に残念だ。

*「水戸空襲を描く」展が、2021年8月4日~8月19日

水戸市三の丸1丁目の「芸文プラザ」で開催される。