「酒門共有墓地」~「善重寺」~「備前堀」を歩く
日時:7月23日(金)午後3時30分
集合場所:水戸市酒門町「酒門共有墓地」駐車場
STAGE1「酒門共有墓地」
酒門共有墓地は第二代水戸藩主徳川光圀が1666年(寛文6)に藩士のために城下の坂戸村(現:水戸市酒門町)に創設した共有墓地で、光圀による宗教改革の一端として行われた。
下町に居住する藩士には坂戸村に、上町に居住する藩士には常磐村(現在:水戸市松本町)に常磐共有墓地を設け、藩士の先祖供養の地と定めた。
当初は墓に戒名を記入することを禁じ、墓碑も一定の大きさと形に定められていた。華美に流れないよう簡素な葬祭を志した。
下町は町人町として造成されたので「常磐共有墓地」よりも狭く数も少ない。
とは言え、長期に渡る墓域は「管理委員会」作成の案内図を参考に歩けば思わぬ人物の墓地に巡り合うこともある。
著名な墓として、望月恒隆・打越撲斎・原南陽・吉田活堂・小宮山楓軒・戸田忠敞・安島帯刀・岡田徳至・常陸山谷右衛門・木内克・菅政友、等々。
吉田の大地から旧水戸城址を遠望すると、この辺りが重要な拠点であったように思える。
近隣に善重寺、光圓寺、林光寺、蓮乗寺、吉田城址の常照寺は光圀が開基など多数が在るが、これらも光圀の寺社改革が関わっている。
STAGE2「善重寺」(浄土真宗大谷派)
延宝6(1678)年に徳川光圀が寄進した国指定・重要文化財の「聖徳太子像」が祀られている善重寺。
聖徳太子像は寄木造・玉眼崁入・彩色、像高は132.5cm。
髪を美豆良に結い、袍衣に袈裟をかけ、左手に柄香炉をもち、その一指で衣の端をとり、右手に笏をとる。
16歳の時、父用明天皇の病気平癒を祈ったという孝養太子の像。
鎌倉時代の作で京仏師の手によるとされる。
徳太子の命日とされる2月22日のみの御開帳なので太子堂の外観を拝観。
太子像由来の石碑や芭蕉の句碑を読む。
彫刻家・後藤清一が青春の一時期をすごした「善重寺草庵」を推定。
郷土史家・前田香径の墓地など境内を巡る。
STAGE3「備前堀」周辺を散策。
*全行程3時間を予定。
途中参加、或は途中退出もOK、お気軽に参加ください。
会費は無料、備前堀散策中カフェなどの立寄った際の飲み物は各自でお支払い願います。






