水戸の「あじさいまつり」を歩く(その1)
第47回「水戸のあじさいまつり」が本日(6月12日)から始まった。
水戸市の北西部に位置する桂岸寺・「保和苑」を中心とした周辺史跡を会場に様々な催しが行われる。
梅雨の花は何と言ってもアジサイだろう。
西洋あじさい・山あじさいを中心に約100種のアジサイが、色鮮やかに咲き競う。
会期は7月4日までだが歴史的な遺産が沢山のエリア、いつ訪れても新たな発見がある。
6月19日(土)午後3時30分に水戸市泉町・雑貨と珈琲の店「たけうち」に集合して、水戸八幡宮~祇園寺~保和苑~桂岸寺~常磐共有墓地のルートを3時間のマジカルミステリーツアー。
会費は無料で自由参加、「たけうち」での珈琲代は各自でお支払いください。
水戸八幡宮
「水戸八幡宮本殿」慶長3年(1598)・国指定の重要文化財。
天正19年(1591)佐竹義宣が江戸氏を滅ぼして水戸城主になると、翌年の文禄元年(1592)馬場八幡宮の分霊を水戸城中に奉斎したのが始まりと伝えられる。
後に八幡小路(現在の水戸市北見町)に遷座し、慶長3年(1598年)に本殿を建立し、水府総鎮守と定めた。
元禄7(1694)年、水戸徳川家の寺社改革を受け、八幡小路から那珂西村(現在の東茨城郡城里町那珂西)に遷座した。
これに対し、神職氏子の請願等があり、宝永6年(1709)現在地に再び遷座した。
●「「烈公御涼所」
●「山あじさいの小路」
●「夏越の茅の輪」
●「慶長3年(1598)に完成した本殿」は国指定の重要文化財。
●「白幡山下製作所跡」鉄砲・大砲・鎧兜、水戸藩の兵器廠。
●その近辺には、水戸城外郭の土塁と堀跡。
祇園寺
祇園寺開山・心越禅師の廟
祇園寺の前身は、佐竹氏が開いた天徳寺。
天和3年(1683)徳川光圀が明から亡命し長崎に滞在していた東皐心越(とうこうしんえつ)禅師を迎え住持とした。
心越禅師は元禄8年(1695)に入寂し、その後正徳2年(1712)天徳寺は河和田村に移され、そのあとが寿昌山祇園寺として改号され、今日に至っている。
心越禅師の在世中は祇園寺ではなかったが、水戸祇園寺の開山として、曹洞宗寿昌派の祖として崇敬されて来ている。
水戸藩士の墓地として、寛文6(1666)年光圀によって「常磐共有墓地」「酒門共有墓地」が定められたが、その以前に仏寺に葬られたものはそのままとしたので、創藩時からの藩士の墓所も多い。
幕末期の諸生党は市川氏・朝比奈氏など保守・門閥派で、改革派の天狗党と内乱は足掛け5年に及び、有為な人材は水戸からいなくなったと言われる。
維新後は朝敵として迫害の憂き目にあい、水戸を離れた家が多い。
昭和に入って、共に憂国の念からの争いとして殉難慰霊碑が建立された。
祇園寺には「書生党」の市川三左衛門・朝比奈弥太郎などの墓地が在る。
近年の著名人では
洋画家の中村彝・漫画家の山田みのる。
飯村丈三郎(政治家・実業家・教育者1853年 - 1927年)の分骨墓地
祇園寺の興隆に寄与し、境内の一部に1927年(昭和2年)に水戸藩藩校の弘道館の流れを汲む水戸学院を引き継ぐ形で、旧制・私立茨城中学校(現在の茨城中学校・高等学校)を設立。
飯村丈三郎像・茨城中・高等学校の玄関前








