「アカシア」と「二セアカシア」

 

 

 

水戸市河和田町の報仏寺の旧蹟・道場池を訪ねるべく、岩間街道をチャリで向かった。

桜山と県立歴史館の間の跨線橋の脇に、白い花を房状に付けた木が何本も群生していた。

下から立ち上がった枝が舗道まで垂れ下がり、甘い香りが漂ってくる。

多分「アカシア」と思ったが、これほど間近に見たのは初めて。

帰宅してから調べてみた。

 

この花は「ニセアカシア」北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木で和名はハリエンジュ(針槐)。日本には1873年(明治6)に渡来した外来種。

街路樹、公園樹、砂防・土止めになどの用途で植栽され、木質は枕木に使えるほど堅く、家具の材料等にも用いられ、薪炭材にもなる優れもの。

マメ科植物特有の根粒菌との共生のおかげで成長が早く、痩せた土地や海岸付近の砂地でもよく育つので、北海道では煙害による炭鉱跡の空き地などをはじめとして、分布が広がった。

花から上質な蜂蜜が採れるので、蜜源植物としての役割が高い。

 

その反面、ニセアカシアの侵入でアカマツやクロマツなどのマツ林、ヤナギ林が減少し、海岸域や渓畔域の景観を大きく改変させた。

単独で生物多様性を低下させるだけでなく、好窒素性草本やつる植物をともなって優占し、植生を独自の構成に変えてしまう。

各地の河川敷などで猛烈な勢いで野生化し、大雨時に流れを阻むことがあり、伐採作業をするも、生命力が強く取り除くのは困難、等々。

近年、危険外来種としての諸問題の一部らしい。

 

その辺りをFacebookにアップしたら「偕楽園東門に大木がありますよね。花の天ぷらが美味いといわれていますが、まだ食したことはありません。」とのコメントを顎髯仙人さんから頂いた。

 

 

 

東門の脇に行って驚いた。

桜にして然りだが、草木は花が咲いた時にしか気が付かないもので、東門の脇に

大木が3本立ち並んでいた。

 

 

 

育ち過ぎて、上の方はバッサリと断ち切られてもかなりの高さがある。

花は大方が咲き終わって、花びらが地面に散っている。

 

 

千波湖方面への崖際にも大木が1本在った。

(写真の中央、とにかく見上げる高さで注意しなければ見落とす)

 

「アカシア」と「ニセアカシア」の区別だが、

明治期に日本に輸入された当初は、このニセアカシアをアカシアと呼んだ。

後に本来のアカシア(ネムノキ亜科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり、区別するためにニセアカシアと呼ぶようになった。

しかし、アカシアは乾燥地性で日本の環境にはあまり適さずマイナーな存在に留まっていることもあり、今でも混同されることが多い。

本来のアカシアの花は放射相称の形状で黄色く、ニセアカシアの白い蝶形花とは全く異なる。

 

*西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」に歌われる「アカシア」

*石原裕次郎の赤いハンカチ」「恋の町札幌」に歌われる「アカシアの花」

*北原白秋の「この道」に歌われる「あかしやの花」

など「アカシア」と歌われている全ては「ニセアカシア」なので、単に「アカシア」と呼んで問題はなさそうだ。