「東坡詩文粋 : 批評」5巻 の「豆本」

 

 

 

 

Sさん宅にお伺いし、先祖伝来の書画の掛軸・冊子・短冊などを拝見した。

それらに交じって「東坡詩文粋 : 批評」文集1~3、詩集1~2の5巻本で1冊の大きさが縦8.8㎝×横6㎝の「豆本」、布製の秩は傷んでいるが、本体には多少の虫食いはあるもの状態は良い。

 

帰りしなに「宜しかったらお持ちください」とのことなので、有難く頂戴した。

 

豆本の類を手にする機会はまれなのでWikipedia調べた概略は、

《掌に収まる程度の小さな本の総称。

西洋では16世紀頃に流行し、聖書や物語の豆本が盛んに作成された。

中国では備忘用に南斉(479年 - 502年)の"巾箱本(きんそうぼん)"から始まる。日本では江戸時代後期に馬上本とも呼ばれ、携帯用に使用された。

芥子本、袖珍本、寸珍本とも呼ばれ、特小本の中でもさらに小型の本を指す。

婦女子の娯楽用としても使われている

日本では江戸時代の特小本中のさらに小型本を指し、「美濃半紙を8つ切(およそ14センチ×10センチ)」以下を指す。

明治以降は1辺が10センチ以下のものを指す》とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「東坡詩文粋」1冊の大きさは縦8.8㎝×横6㎝。

1頁4.8㎝の枠の中は11本の罫線で仕切られ、1枠は僅か4.5ミリ。

1字が3ミリ弱、文字によっては2ミリ弱。

更に返り点は1ミリに満たないのを刻する技術はかなりの技術。

現在のような縮小技術がないのに、原寸で刻む作業は凄いことだ。

 

日本古来の木版の技法と言うより、銅板のように見える。

銅板が日本で一般化したのかは何時頃か?興味があるところだ。

銅板らしい画像や書の映像もある。

 

東坡の名前は知っているが、詩文を読んだことはない。

 

《蘇 軾(そ しょく・1037年 -1101年)=蘇東坡

中国北宋の政治家として活躍をしたが、宋代きっての文豪、書家、画家、音楽にも通じあらゆるジャンルで輝かしい業績をあげた。

唐宋八大家の一人で、蘇洵、蘇軾、蘇轍は(親子・父、長子・次子)は、三蘇と称されている。》

 

江戸時代から明治・大正の頃までは漢詩文は嗜みだったが、太平洋戦争後は英語が主流となった。

現在はどうなのかは知らないが、我々の高校時代の漢文の授業は、一部分の抜粋で、こんな人がいました・こんな詩文がありましたという程度であった。

今考えれば、もう少し勉強しておけば良かった、との悔いはある。

日常生活からは縁の遠い存在となってしまったが、生活の根底には取りいっている。

これを機会に東坡の詩文を紐解いてみようと思う。