「万丈童子と愉快な仲間たち」@まちの駅笠間宿・幸せの黄色い広場
3月20日(土)は「茨城県陶芸美術館」の在る笠間工芸の丘で開かれた「古書市」で古書・CDなどのブースを見て、「まちの駅笠間宿・幸せの黄色い広場」で開催された「万丈童子と愉快な仲間たち」のコンサートを愉しんだ。
「万丈童子」はバンジョーを主とするカントリー音楽のバンドだ。
人生は波乱万丈、何歳になっても童子のように無心にバンジョーを弾き、楽しむ!との願いを込めて命名された。
バンマスの斉藤 秀夫さんは1944年生まれの76歳。
メンバー最高齢の中山さんは84歳で、平均年齢77歳の高齢者バンドで今年は結成16年目。
ひたちなか市の公民館が募集して集まった人たちで結成された。
以来、メンバーの変更なしで活動が続いているのは斎藤さんの人柄だろう。
斎藤さんとは数年前に知り合い、各地で開催されるフェスやイベントで演奏を楽しませて頂いている。
飲み会や食事会で何度もご一緒し、共通の友人も多い
性格明るく面倒見がよくて、グループの連絡・調整役としてこれ程適任な方はいないと、感じている。
とはいえ、斉藤さんに関して詳しいことは何一つ知らないのだ。
そこで、バンジョーとの出会いなどについてメールで問い合わせしたら、返事を戴いた。
丁寧なお答えで、長文なので省略して掲載。
『高校時代に校内施設で同級生が演っていたバンドでカントリー音楽を知り、アメリカ軍のFENラジオ(810)を聞き、カントリー音楽を聴くようになった。
当時、泉町にあった川又楽器で6000円のアコースティックギターを購入し、ハンクウィリアムスが歌っていたジャンバラを家で練習した。
高三の時はハンクウィリアムのCold cold heartを歌えるようになり自信を持った。
W大学ではカントリー音楽のボーカルをやりたくて、アメリカ民謡研究会に入会する。入ってみれば、都内の高校から来た連中は上手な人ばかり、
これではダメだと、迷った時、大阪から来たK君がマウンテン音楽をやろうと誘ってくれ、バンジョーをやれと言われた。
早速、お茶の水の楽器屋でバンジョーを購入した。
買ってはみたが、弾き方を教えてくれる人は誰もいない。
1年先輩が、N大のTさんという方を紹介してくれた。
お陰で、3年生までには都内の大きなホールで演奏するようになり、S41年フジテレビの「キョーリンフォーク合戦」第1回目に出演するなど楽しい学生時代。
S 43年に卒業・就職、44年に仙台に転勤となり56年まで住んだ。
杜の都・仙台は東北大、東北学院大などがブルーグラスをさかんに演っており、そのグループとお付き合いが出来てバンジョーを再開する。
学生時代の弾き方はレコードの音に合わせた自己流だったが、彼らはアメリカからの教則本を入手した正当な弾き方なので勉強になった。
本場アメリカの状況を知りたく、バンジョー持参でケンタッキー州のロジーンを訪問。
この町はブルーグラス音楽を1940年頃から作り上げたビルモンローの生誕地。ケンタッキー州は昔から草競馬が盛んで、馬の食べる青草が多く、別名ブルーグラスステイトと昔から呼ばれていた。
何度か訪問する間に「名誉市民」の称号を授与される光栄に浴した。
今年第29回目の「仙台定禅寺ストリートジャズフェス」(仙台市内60ヶ所、土・日で730バンドが国内から集まる)に10年前から出演が続いている。
7年前位より、万丈童子は最年長バンドとして人気を博す。
16年前にひたちなか市の観光振興課は「音楽まちづくり実行委員会」を作った。初年度から参加し、10年前に会長となり今は顧問』(以上が概略)
斎藤さんは、僕にとって誇らしく得難い友である。





