䥐(ぼう)に木瓜(ボケ)の花

 

 

骨董に入門した50年前、彫刻家の後藤清一さんを訪ねるのが楽しみだった。

 

 

茅葺の小さな棲みかの暮らしは、静謐な隠者。

庭は藪椿や山茶花などの樹木が巧みに植え込まれ、石仏や石灯篭が配置されていた。

農家の離れだった六畳と四畳半の二間と二畳ほどの台所。

時代を経た建具や廊下は磨滅していたが、手入れが行き届いていた。

茶室風の座敷の床の間には奈良時代の写経が掛けられ、その下には北魏の三尊石仏が置かれ、壁には「当麻曼荼羅」の額装が掛けられてあった。

 

李朝の石の火鉢には常に炭火が熾され、鉄瓶は湯がさわやかな音を立てていた。

床柱には古備前の掛け花入れ、古ダンスの上にも花が絶えなかった。

 

 

居間で寛がれる後藤清一さん(1961年頃)

家中の古美術・古民芸品は生活の中に同化していた。

 

掛け軸や花入れは季節に応じ代えられ、訪れる度に新鮮な感動に包まれた。

或る日、部屋の片隅の小さな和箪笥の上に紅い木瓜の花が挿されてあった。

経年の青銅器は水が本体を通して表面に滲み、緑青が翡翠のようだった。

中国の周時代(紀元前1046年頃 - 紀元前256年前1100年頃)とのことだが、周は長期に渡る王朝で、どのくらい前かの見当は付かなかった。

以来、青銅器を手に入れ木瓜の花を生けたいと願った。

 

2010年に、この青銅器を手に入れたが素性は分からなかった。

後藤さんで見た品には及ばないが、身の丈に合わせ我慢するほかない。

 

その後、東博の東洋館の陳列室で同様な品物を見た。

 

 

 

 

解説文には、

䥐(ぼう)

中国四川省 戦国時代・前5世紀~前3世紀 青銅

『丸底で左右の肩部に非対称のつまみが付く。戦国時代並行の四川省で流行した在地の青銅器であるが、大部分の厚みは1ミリ未満と極めて薄く作られている。表面には様々な整形の痕跡が残るが、これだけ薄い青銅器の表面に加工を施す技術は、当時の中国でも高度なものであった。』

 

1984年4月に後藤さんは91歳で旅立った。

 

 

春の彼岸の頃になると、後藤さんを偲んで木瓜の花を挿す。