山上鎭夫さんの遺作展

 

 

1994年2月2日~13日迄(今から27年前)水戸市大町のNHK水戸放送局1階のギャラリー「すいとぴあ」で「山上雑林子展」が開催された。

 

 

 

 

(当時の水戸放送局は、現在とかなり異なり、1階が貸ギャラリーだった。

眼科医で古美術蒐集家、クラッシック音楽愛好家、山歩き、俳句や陶芸など幅広い分野に興味を示した山上鎭夫(俳号・雑林子)さん=1993年2月、96歳で没=遺作の絵画や陶芸作品を集めた展覧会。

 

 

 

 

会期中に、生前の山上さんと骨董・古美術などを通しての知人が沢山訪れた。

模様がお昼の関東ローカルニュースで放送され、会期中に1度雪が降ったにもかかわらず、前橋から訪れたお客さんもいた。

 

山上さんは津山藩の藩医の家系で、軍医だった父親の任地、長崎県佐世保に生まれた。東大医学部を卒業後は水戸日赤病院に勤務。1943(昭和18)年に水戸市三の丸に「山上眼科医院」を開業し地域の診察に従事した。

その傍ら、古美術の収集に取組まれ、美術展へのアドバイスや展示協力など公的にも寄与した。近世の水戸を代表する南画家・林十江の「白桃図」、立原杏所の書簡十数通などを県立歴史館に寄贈している。

 

 

理想の形を求め、手練りで陶器のようなものも作っていた。

焼き物に見えるが、芯を金網で作り、石膏を固め絵の具で着色したのだが、普通なら存在しない色や形などの素敵な作品も並んだ。

 

 

 

自然を愛し、山川を題材とした絵を描き、具象とも抽象とも呼べないが面もある。

四季折々の山や樹木はあたかも「曼荼羅の世界」とご本人は感じていたようだ。

この様な山上さん独自としか言いようのない書き方のスタイルを「筋金入りの素人画家」と寺門寿明さんが評したのも頷ける。

 

日課のように描いていたので、膨大な枚数だ。

お気に入りの作品を額装・軸装し、水戸と東京で三度の個展を開いた。

85歳の頃にピアノを購入し、独学のクラッシック風の即興演奏も愉しんだ。

 

藩医の家系で藤田嗣治とは母方の従弟という血筋、審美眼と権威に流されず、知識に溺れない独歩の生き方を貫いた自由人であった。

 

山上雑林子展実行委員会のメンバーは(50音順)

網代茂・伊藤和夫・大須賀発蔵・大曾根克彦・小川知二・川又南岳・軍治直次郎・小泉博・後藤道夫・正村稔・鈴木重次・高橋洋一・墳本喜久蔵・寺門寿明・林一郎・福地靖・吉田光男/協力・相馬画材