水戸一高の「歩く会」1018日(日)

 

 

 

 

茨城県立水戸一高の名物行事・第72回「歩く会」が1018日(日)に開催された。

新型コロナウイルス禍で通例の約70キロを3分の1に短縮、学校を出発し学校帰着、昼間のみの開催と言う変則的な形で行われた。

昨年度は、台風19号(東日本台風)の影響で中止となっており、2年連続の異常な事態だが、伝統のバトンがつながった。

 

午前9時出発と聞いていたので、本城橋の付近で待っていたが一向に出てこない。

知道会館の職員に訊いたら「体育館に集合して気勢をあげ、下のグランドから那珂川の勝倉橋方面に向かったとのこと。

 

 

 

 

今回は殆どの行程が那珂川の堤防沿いを歩くコース。

急いで追いかけて、元気な姿を見つけることが出来た。

 

この行事は2004年に発行された恩田陸の小説『夜のピクニック』のモデルで、その後2006年の映画化を経て音楽劇として舞台化もされたので、一般にも知られるようになった。

 

昼から翌朝まで歩くというこの行事は、夜中に数時間の仮眠を挟んで団体歩行、翌朝が自由歩行となっている。

団体歩行はクラス毎に縦隊で歩き、自由歩行は全校生が一斉にスタートし、母校のゴールを目指す。

12時迄の到着には、全校生徒中何番目かという順位が付くが、上位を狙うのは運動部の生徒だけで、大部分の生徒はのんびりと歩き通す。

 

修学旅行がない学校なので「歩く会」が一大行事なのは今も昔も変わらない。

茨城県の教育制度改革で、水戸一高附属中が令和3年度の開校が予定されている。

自由な校風が、進学一辺倒になってしまうのを若干危惧している。

 

僕らの頃は①常磐線「勿来」駅②水戸線「小山」駅③水郡線「常陸大子」駅を出発する3コースだった。

幟旗を上げての歩行は小休止を何度も重ね、明け方の大休止は地元の父兄の豚汁の炊き出しなどが楽しみだった。

 

団体歩行時にかわす雑談は、普段の学校生活では話さないことも話す雰囲気になる。学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつ、の青春小説。

原作も読んだし、映画も見たが良くは憶えていない。

 

恩田陸の在学時は既に半数は女子生徒。

我々の時代は、女子は学年に3人で小説のような恋バナ的な話は無縁だった。

従って、自分の体験と重ね合わすことは無理な話。

 

 

ゴールの横断幕(Arukukai makes us strong

今回、午前中は下流の勝田方面に。

午後は上流の萬代橋方面だったが午後は見てないのでゴールする光景を見届けることが出来なかった。

 

2の時の「歩く会」、昭和331958)年。

 

今回は第72回とのことで、逆算すると約60年前の12回。

起源については諸説あるが、旧制中学から新制高校へと学制が変更した際に、旧制中学の「夜間歩行訓練」的なことが形を変えて生まれたように思える。