水戸南町4丁目から泉町広小路。
大森多喜雄さん、昭和45(1970)年の撮影アルバムより。
鍋辰商店(3丁目)と亀印製菓(4丁目)。
道幅の狭い道路が隔てている。
亀印製菓の間口は広く、奥行きは裡通りまで通じた広い敷地で、銘菓「水戸の梅」の製造工場をはじめ、小売り販売やレストラン・茶房も在った。
正電社・田鍋時計店・大丸紳士服店。
大丸紳士服店の店頭に閉店セールの表示がある。
翌年から再開発が始まったのだ。
「ほまれや鮮魚店」は再開発に参加せず、藤沢小路に移転する。
「ほまれや鮮魚店」と「久保田果物店」の間には袋小路が在って、奥に5~6軒のお店で商店街を成していた。
「久保田果物店」の隣のシャッターに「美容室ロリエ」と書かれてある。
*「亀印製菓」から「美容室ロリエ」までの敷地が、翌年に「東水ビル」として再開発されることになる。
「田原屋・水戸店」
川崎に本店を有する総合衣料チエーンで大繁盛だった。
隣の菓子舗「鉢の木」は建て直したが、現在も盛業中。
昭和35(1960年)の撮影の王子運送水戸支店。
王子運送が平須に転室した跡地が「田原屋」となる。
隣の生蕎麦「はま勘」の一部分が「鉢の木」の敷地となった。
「鉢の木」、中華そば「千代美」、手芸用品「フタバ」。
レストラン「エリエイト」、ケーキ「ヨシノ」カメラ「富士商会」。
*文政5年(1826年)の南町~泉町。
水戸城の第一外郭の紀州堀までは、武家屋敷のみ(田町越えの際に商家は転出させた)。
堀を隔てた鉄砲町と泉町の通り沿いは商家(赤色)と武家屋敷。
1887(明治20)年になると、紀州堀の北側を埋め立て、西町と鉄砲町の間に道路を新設するなどの区画整理を行った。
●亀印製菓が中心となって設立した「東水ビル」に「東急ストア」が誕生したが、1980(昭和55)年に撤退。その後「ユニー水戸店」となったが1993(平成5)年に撤退した。
「東水ビル」は長期に渡って空きビルとなったが、2007(平成19)年に住友不動産に売却され6月に取り壊された。
田原屋の土地も住友不動産が取得し、高層マンションを建てる計画したが、実現せず。
2008年(平成20年)に遊休の敷地の一部を、水戸市が住友不動産から借りることで合意が成立。
2009年(平成21年)に「南町自由広場」がオープンした。
*南町自由広場の一部は飲食店、「ユードム アリーナ」として使用されている。
*「千代美」から「富士商会」までは4階建てのビルに改築された。
ラーメンハウス「千代美」は昨年で営業を中止した。
(カラー写真は2020年10月に高橋が撮影した)













