長山はく筆:竜胆(リンドウ)
秋に青紫の花をつける竜胆(リンドウ)は、桔梗(キキョウ)とともによく知られている。
中国植物名(漢名)の竜胆・龍胆(りゅうたん)の音読みに由来し、中国では代表的な苦味で古くから知られる熊胆(くまのい)よりも、さらに苦いという意味
で竜胆と名付けられたという。
花屋で売られているリンドウは一直線の茎に花が沢山着いて味気がない。
骨董と山野草の収集家・墳本喜久蔵さん宅の庭で拝見した野草のリンドウは地を這うような姿で丈も花も可憐だった。
株を戴いたが栽培するのは難しく、いつの間にか消えてしまった。
そんな折に「竜胆」の色紙を見かけて手に入れた。
日立出身で水戸市千波に在住した女流画家くらいのことしか知らなかった。
『草花は語る』(岩田正著)の最終100話「健康と生きがい:ヒメジョン」で長山はくさんの人なりを知ることが出来た。一部を抜粋したが、お目に掛かっておけばよかったと、残念である。
『明治、大正、昭和、平成と画道一筋に来年九十九歳になる日本画家長山はくさんがいる。
長山はくさんは東京女子美術学校に学び、松岡映丘に師事し、昭和7年には帝展で特選を獲得した画家だ。
私は、長山さんが東京で戦災に遭い、疎開していた御前山にいたころからの知り合いだ。
失意のどん底にあった御前山時代以後、はくさんは山口蓬春先生などに励まされ、あまり丈夫でない身体をかばいながら花を描いてきた。はくさんを支えたのは画業へのあくなき執念だったろう。
私の学生時代に六十歳近かった、はくさんだが清楚で端麗な姿にあこがれを抱いた思い出がある。
川合玉堂先生の推薦で北白川宮家日本画講師を務めていたはくさんが、御前山時代は絵筆はおろか畑仕事に追われたり、田植をさせられたり散々な思いをしたそうだ。
大正初めに女子美大に行ったお嬢さんにとって、父と師の死、戦災、農作業と追い打ちされた人生は、誠に変転と試練の歴史であったろう。
竹下夢二の描くきもの姿の美人に似たはくさんは、明治人の気骨で一人身で生きてきた。』(書かれたのは1992年、93年出版)



