トロイ遺跡@トルコ
小~中学の頃、畑から出土する縄文土器の破片集めや、古切手集めなどに興味を持った。
中学か高校生の頃、シュリーマン(1822-1890)の自伝『古代への情熱』《岩波文庫》を読み、彼のような人生を送れたらと思ったことが有る、遠い過去の記憶。
同じ頃に、アメリカ映画「トロイのヘレン」(1955年)を見た。
当時は、ギリシャ・ローマ・エジプトなど、古代史の世界を映画化した作品が多かったようにも思う。
『古代への情熱』シュリーマン・関楠生訳(新潮文庫・平成15年)。
写真や図版も挿入されているので、岩波文庫で読んだときよりは分かり易い。
しかし、ギリシャ神話やギリシャ・ローマの歴史を知らないのだから、漠然と「トロイ」という名に憧れていただけなのだろう。
2008年に阪急交通社のパンフレットで「トルコ・ギリシャ」の旅を見つけた。
これまでシルクロード西へと向かい、敦煌・ウイグルなど未だのところも多いがウズベキスタンまでは行ったが、シルクロードの出発点・到達点で東西文明の交差点であるトルコと西洋文化の原点のギリシャへの旅。
12年前のことで、資料や写真も無くなってしまった。
前日に訪ねた「エフェンス遺跡」の印象があまりにも、大きく、見事だった。
シュリーマンは既に伝説の人。
評価はまちまちで考古学に詳しくなかったとか、10ヶ国語程度をこなしたのは虚偽だった。
など自伝にまつわる事項の真実は疑問視される事もあるようだ。
しかし、ホメロスの『イーリアス』『オデッセイ』の物語からギリシャに先立つミュケナイ文明の存在を明らかにした。
ミケーネ、トロイの発掘は偉大な素人と呼ばれようと、素直に評価して夢を持たせたままが良い。
この地に初めて集落が出来たのが、紀元前3000年ごろ。
以降、繁栄と没落を繰り返し、アレキサンダー大王もアテナ神殿を奉納した。
長期に渡って繁栄したので、遺跡は9層に分類されている。
トロイの戦い(紀元前12~11世紀)は第7層といわれている。
古代、間際まで来ていた海岸線は、はるか彼方だ。
旅は行く前の準備・旅の途中の様々な出来事・戻って時間を経過した頃に観る映像や書物に依って旅衣を反芻する愉しみがある。
大きな旅、日常生活の中でご近所歩きの小さな旅まで、全てが楽しい。



















