白牙会・菊池五郎アトリエ@紀州堀緑地

 

 

 

 

網代茂著『水府巷談』(1986年)の89頁に描かれた福地靖さんの『虚空蔵坂界隈絵図・昭和十年から二十年絵図』の左端「白牙会・菊池五郎アトリエ」は今でも現存している。

 

白牙会は1924年(大正13)年に水戸で誕生した美術グループ。

茨城県内に美術館、ギャラリー、県展も無かった時代に若手洋画家の菊池五郎、林正三、寺門幸蔵3人が集まり、公会堂などを間借りしながら展覧会を開催した。

 

当初は、中村彝、辻永ら東京で活躍中の作家に参加を呼びかけ工夫を重ねた。

展覧会は大いに話題を呼び、連日多数の来場者で賑わった。

 

その後、県内から広く作品を公募し1953年までに計23回の展覧会を開催、延500名以上が出品した。

 

菊池五郎の自宅を「白牙会美術研究所」として開放した。

自宅兼アトリエが旧幸町に現存している。

研究所は閉鎖になっているが、創元会会員の洋画家・小又光さんが教えていた時代もあった。

毎週土曜日、教室を終えて小又さんが南町の骨董屋「一楽洞」に立ち寄られ、骨董談義とトランプゲームに熱くなった時代が懐かしい。

 

同じ頃、彫刻家の後藤清一先生とも知り合いになった。

山上鎮夫先生と共に水戸の骨董界の大先達で人柄と作品に憧れた。

 

 

旧・幸町(現・備前町)は堀に面した崖の上。

菊池五郎の自宅兼アトリエはこの塀の先の左側の上。

 

 

 

 

崖下が「梅香トンネル」に通じる県道で道路の両側に細長い緑地公園が続く。

 

 

備前町に通じるT字路の一画にトンネル開通に伴う整備の一環として遊具を備えた小公園となり、近所の子供たちの遊び場となっている。

下を走る道路周辺の公園施設は全く使われていないが、ここだけは有効に機能している。

 

◎「白牙会」は洋画主体の美術団体だったが、彫塑部門もあった。

会員の木内克、後藤清一、森山朝光、一色五郎、高久茂雄、小森邦夫など13名が「白牙会」から独立し「茨城彫塑協会」を1950(昭和25)年に結成した。

1950(昭和25)年11月に水戸市泉町の「ふくだ画廊」で第1回展を開催。

1954(昭和29)年茨城美術家協会が結成されたのを機に「塊土社」と改め、現在まで活動が続いている。