「水高スクエ」ア@水戸市東原3丁目

 

 

 

 

 

 

「水高スクエア」は北水会記念病院を中核とした医療・健康増進・介護・福祉機能の医療福祉複合エリアで2009年旧国立水戸病院跡地に開設された。

歴史を遡れば旧制水戸高等学校(通称:水高)のあった場所。
当時の敷地は戦後に水戸第一中学校、国立水戸病院、公務員宿舎等に分割された。

 

旧国立水戸病院跡地の「水高スクエア」は水高時代の北側・約半分位か。

 

 

 

大久保重義(1944年~2016年)が1979年水戸市河和田町に開院した「北水会病院」は発展を重ね、2009年旧国立水戸病院跡地に「北水会記念病院」を中核とする、医療・健康増進・介護・福祉機能の複合施設「水高スクエア」を開設した。

 

 

一代でこれだけの企業集団を作り上げた手腕は稀に見る才能だ。

「北水会グループ」の2017年現在の施設数は、茨城を中心に東京など50個所で総従業員数2329名を数える。

 


スポーツクラブ『アクアメディエクス』が施設の一環として2010にオープンした。

僕は2011年の入会以来、ジムやプールとジャグジー、風呂等で快適なリタイア生活をおくっていることに感謝している。

 

旧制水戸高等学校の敷地に屋外フールだけが残り,茨城大学に移行後も使われていた。
水戸市内で唯一なので、何かのつてで泳いだが、飛び込みを兼ねたプールで深さが5㍍くらいで、不安な思いで泳いだ。


このプール建設にあたっては大久保重義の父親・大久保隆治が内務官僚時代に建設に関わったという。
『アクアメディエクス』のプールで泳いでいることに不思議な縁を感じる。

 


旧制水戸高等学校は茨城県出身の内田信也(1880-1971・大正~昭和時代の実業家,政治家)の寄附金百万円により全国13番目の官立高等学校として設立された。
政界・官界・財界・学術・文化の幅広い分野に人材を送り出した。

 

 

学制改革により閉校となった昭和25年3月31日まで、30年間に延べ5,300余名が学び、青春を過ごした。
旧制高校中で最も「蛮カラ」の雰囲気の強い学校として知られ、一高に次ぐ大型の寄宿舎「暁鐘寮」が設置されていた。

 

そのため、戦後間もない時期でも学生が大工町などを徘徊する姿をみかけた。
小学生だった僕らも憧れ、長じて高校に入学して(勿論、新制の高校)高下駄を履く、学帽などを破くなどと真似をしたものだ。

 

●1965年に国立水戸病院が水戸市五軒町から移転した。
跡地は専売公社となり、現在は分譲マンション。
国立水戸病院は2004年同病院は茨城町に移転し、現在の国立病院機構水戸医療センターとなった。

●国立水戸病院時代の写真が少なく、手元にない。
探し次第、掲載したい。