BENZ-103 @水戸市泉町2丁目
大正時代から水戸一番の花柳界を形成していた鳥見町が全盛だったのは、昭和30年代から40年代にかけてまで。
検番があり、待合(料理は仕出し屋から取り、芸妓置屋から芸者さんを呼んで遊興する場で、京都のお茶屋に相当する)が軒を連ねていた。
昭和42年の表示変更で泉町・天王町・大工町と町名は分れたが、その頃までが全盛であったかもしれない。
「BENZ-103」は農機具や発動機の「土信田商会」の業種転換、先に南町3丁目で転換した喫茶「富」の成功に習ったのか。
社長の土信田富久の名前に由来する。
当時珍しかったベンツで国内各地をドライブするのを楽しみとしていた。
反対側が水戸一番の大型スクリーンの「京王グランド」
その跡地が、ライオンズマンション。
この先はソープランド街で料亭街の名残は全くない。
南側、天王町の突き当りが“待合”「ムサシ」。
喫茶」「富」や「BENZ-103」を経営していた土信田さんによる「待合」だった。
かなり前に営業はやめたが建物は健在だ。
見越しの松は枯れたが、名物の紫陽花は花を咲かせる。

奥の角部屋の座敷の見晴らしが良かった。
ヤマザクラの大木も見事だ。
●「水戸の今と昔」として現在の姿と、以前の写真などが有れば同時に掲載しようと思いシリーズ化の予定。
過去の写真はなるべく未発表を探すつもりですが、知れ渡った複写品にも頼ることになりそう。








