旧東海道品川宿・其のⅠ@東京都品川区

 

 

 

 

 

旧水戸街道を含め、旧街道の街を途切れ途切れでもいいから散策したいと思っている。

東海道五十三次の宿場の第一宿の「品川宿」は京急本線の北品川駅から南は青物横丁駅周辺までの旧東海道沿い一帯に広がっていた。

 


目黒川を境に、それより北が北品川宿、南が南品川宿と呼ばれた。

JR品川駅周辺、当時は海が埋め立てられ、高層ビルが林立。

 

 

徒歩10分の「八山橋」辺りが品川宿の入り口。


品川宿は中山道の板橋宿、甲州街道の内藤新宿、日光街道・奥州街道の千住宿と並んで江戸四宿と呼ばれた。

 

 

「品川 日乃出」
歌川広重 『東海道五十三次』 より
御殿山の麓を通過する大名行列の最後尾を描いている。

 

 

北は京急本線の北品川駅から南は青物横丁駅周辺までの旧東海道沿い一帯に広がっていた。

 

 

 


「鯨塚」当時の海岸線、時にはクジラの姿も見られたのだろう。

 

 

 

沿道には大小のお寺さんも多い。

 

品川宿は五街道の中でも重要視された東海道の初宿。
西国へ通じる陸海両路の江戸の玄関口として賑わい、旅籠屋数や参勤交代の大名通過数において他の江戸四宿と比べ数多かった。

古典落語の廓噺(居残り佐平次、品川心中等)の舞台。
他の宿場がそうであったように岡場所(色町、遊廓、飯盛旅籠)としても賑わい「北の吉原、南の品川」と称されるほど一大遊興地として繁栄した。


昭和30年代までその痕跡があったようだが、今や全く感じられない。

現状からは往時の賑わいを想像しようもないほどに静かな町並みだ。

 

 

目黒川に架かる「品川橋」

宿場の中央に位置し橋の左右が北品川宿、南品川宿と呼ばれた。

 

 

川の上流が目黒方面。

 

 

夜は小料理、昼は定食の店で「穴子膳」.
古い塗碗や器を使用した趣味の良い、こじんまりした店だった。