東海道の松並木@大磯町

 

 

「鴫立庵」の前を通る国道1号線を左に折れ、小田原方面へ向かう上り坂。

 


上りきった大磯中学校の辺りから東海道の松並木が残され、遊歩道が整備されてある。

 

 

さらに2キロ行けば、吉田茂の旧邸があるようだ。

 

 

歌川広重の「東海道五十三次・大磯宿」

 

 

江戸時代の旧街道の絵図には、必ず松並木の風景が描かれてある。
日本の風土には松がよく似合うと思う。
茨城県内各地や水戸近辺にも松並木や松林が沢山あったが、松くい虫などの被害でかなり少なくなってしまった。

松は手入れが難しく、虫害を受けるからなのか?
新たに植えられないのは残念だ。

 

 

樹齢数百年、直径1メートルも有りそうな巨木が何本もある。
日光や箱根の見事な杉並木は見ているが、これほどの松並木を見たのは初めて。

 

 

街道の1本裏通りを散策すれば、石垣もあったりする落ち着いた路地。 
住宅なのか、別荘なのか?

 


瀟洒な庭と家々、如何なる人たちの棲み処なのだろう。


お伊勢参りの帰途、伊勢を早朝に発って名古屋を経由し豊橋で下車し朝食をとった。

浜松・島田と下車を重ね駅前を散策した。
わずかの時間とはいえ、通過するのと降り立つのはかなり異なる。
途中下車が可能なのが「青春18切符」の大きな特徴。

 

大磯では念願の「鴫立庵」を訪れ、旧東海道の松並木も体験できた。


   花の下は花の風吹き西行忌   村山古郷
   三夕の一夕の浦西行忌     阿波野青畝
   大磯に一庵のあり西行忌    草間時彦

 


   

大磯駅に向かう国道沿いに、古い商家を改築した「CHAIRO Curry」


古民家カフェなのだろうが、カレーがウリのようだ。

 

 

ギネスを飲みながら遅めの昼食というより夕食。

 

スパイシーで好みの味のカレーだった。
雑穀入りのご飯も美味しかった。

 

 

●慶長5年(1600)の関が原の合戦に勝利をおさめた徳川家康は、慶長6年には東海道に宿駅の制度を設け整備を行った。
慶長9年には36町を1里(約3.9キロメートル)として一里塚をつくり、街道筋にはマツやエノキなどが植えられた。

●従って、東海道本線の車窓からはあちこちの松並木が遠望できる。

どこの松並木とは特定できないが、機会が有れば最寄りの駅から歩いてみたいと思っていたのが、今回実現した。

広重の「東海道五十三次」の版画に登場する場所を訪ね、現代の街道と対比する旅を、こまめに続けたい。