武蔵国分寺跡周辺@東京都国分寺市

 

 

JR中央線の国分寺駅から西国分寺駅までを散歩した。
崖線、崖下の遊水、武蔵国分寺跡など歴史と自然環境にあふれた散策路。

 

 

 

 

殿ヶ谷戸庭園

 

武蔵野の自然の地形、すなわち段丘の崖にできた谷を巧みに利用した「回遊式林泉 庭園」。

 

 

 

崖の上の明るい芝生地と崖下の湧水池、樹林で雰囲気が一変する造園手法が みどころ。

 

 

●大正2年~4年に江口定條(後の満 鉄副総裁)の別荘として整備され、昭和4年に三菱財閥の岩崎家の別邸となった。
昭和40年代の開発計画に対し本庭園を守る住民運動が発端となり、昭和49年に都が 買収し、整備後に有料庭園として開園した。


お鷹の道・真姿の池湧水群

 

 

 

 

江戸時代に尾張徳川家の御鷹場に指定されていたことから“お鷹の道”と名づけられ、遊歩道として整備されている。

湧水からの豊富な流れは清らかだ。

「真姿の池」をはじめとする崖線下の湧水群。
湧水からの豊富な流れは清らかだ。

 

 


史跡武蔵国分寺跡の整備事業が進んでいる。

 

 

 

旧武蔵国分寺の創建は、8世紀半ばの750年代末から760年代初と推測されている。敷地は東西8町、南北5町半と推測され、諸国の国分寺のなかでも相当に大きい部類に属する。

 

東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)遺構。

 

 


古代に造られた官道の一つ。
上野国・下野国から武蔵国を南北方向に通って武蔵国の国府に至る幅12m程の直線道路であった。

道遺構が大規模に発見された全国でも稀な遺跡で、東京都指定史跡。

 

 


一部分、保存措置が取られている。

 

 

 

●武蔵の国の歴史や区域などに関して詳しいことは知らないが、現在の行政区域の埼玉県・東京都・神奈川県、1都2県を含む広大な地域だった。
国府は、京王線の府中駅の近くの大国魂神社の境内から東側が古代の武蔵国庁の跡と推定されている。